この私、作家としてお世話になったアジアに少しでも恩返しすべく、長らく奨学金制度「内山アジア教育基金」を主宰している。
コロナ禍が収まってきたので、久しぶりにアジアの各国を周遊している最中だ。
奨学金制度をやっていると楽しいこと嬉(うれ)しいことがいくらでもある。が、たまに喜んでばかりいられない事態に出くわす。例えば目下滞在しているラオスでのこと。ここでは20年ほど前から奨学金制度を手がけているが、困った問題をかかえる我(われ)らが奨学生がいる。
基金の奨学生になるには貧しいというのは当たり前だが、成績が学年で3番以内という厳しい条件をつけている。そんなに優秀な子供なら、何も日本人に援助してもらわなくても、現地の奨学金制度に応募すればいいではないか――そう思うだろう。
ところが、そう簡単にいかないのがアジアのむずかしいところだ。
発展途上国、ここラオスでのケース。アンちゃんは子だくさんの貧しい家の生まれだ。が、幼い時分から成績は学校どころか県下でも常にトップクラス。高校で猛勉強したかいあって、大学の看護学部に1番で合格する。
そして大学に通うのに必要不可欠な奨学金を難なくもらえることになった。ところがそれから2年たって、学部でずっとトップの成績をキープしていたにもかかわらず、突然奨学金を打ち切るという通知を受ける。
いったい何が起きたのか、あまりのことにわけがわからない。だが、ほどなく同じ学部でアンちゃんよりも下の成績の学生が新たに奨学生に選ばれていたことが判明する。
いわずもがなだろう。何者かが裏で画策し、情実で奨学生の選抜が行われていたのだ。
ラオスという国にかぎらず、発展途上の国々では、この類のことが日常茶飯事だ。いたるところで、例(たと)えわずかな奨学金をめぐっても不正がまかり通っている。誰もが仕方がないと諦めているかのようだ。
当然アンちゃんは学業中断の危機におちいり、途方に暮れるばかり。そこへ私の運動を応援してくれている日本人がこの話を聞きつけて、彼女を援助してくれることになる。何はともあれ、やれやれといったところだ。
アンちゃんのようなアジアの貧しい子供たちにとって、教育は財産そのものだ、という思いを強くしている。だが、それを手に入れるのは容易なことではない――としみじみ思う今日(きょう)この頃だ。
★メモ 厚真町生まれ。苫小牧工業高等専門学校、慶應義塾大学卒。小説、随筆などで活躍中。「樹海旅団」など著書多数。「ナンミン・ロード」は映画化、「トウキョウ・バグ」は大藪春彦賞の最終候補。浅野温子主演の舞台「悪戦」では原作を書き、苫高専時代の同期生で脚本家・演出家の水谷龍二とコラボした。