ベレー 辻川(つじかわ) 恵美(えみ)

  • ゆのみ, 特集
  • 2023年5月23日

  35年前。子どもの頃、近所にベレーという6畳ほどの雑貨屋があった。マンションや商業ビルが乱立するほんのわずかな一角。主にキャラクターものを扱う小さなお店。店主のシェリーさんは小柄で物静かなおばあさんで、「万引きはダメよ」というのが唯一の約束事だ。

   一方で、あの頃はしつけと称する子どもへの暴力が当たり前に行われていて、家庭内はおろか、学校でも木刀を持って指導をする教師が複数いて、いたずらや規則違反をした子どもを一列に並ばせ、1人ずつ殴り飛ばすなどというおぞましい体罰が日常的に行われていた。

   時代は変わり、体罰は法律で禁止された。でもいまだ、子どもたちからこんな悲痛な声が届いている。親からは「生まなきゃよかった!」「子育て失敗だ!」「勉強しなきゃ殺す」などと言われ、学校では教師から「黙れ!」「話を聞け!」「これ以上○○したら、おまえら分かってるよな?」「○○以上にひどい目に遭わすぞ」など言われる、と。

   子どもの頃、鬱屈(うっくつ)とした日々の中、ベレーという安全な場所でシェリーさんとおしゃべりしていると、いろんなことが楽しく思えて、ちょっぴり自信が付いた。ベレーの最大の魅力は、決してキャラクターグッズではなく、用事が無くても、そこに居られるという自由度の高さと、何を言ってもやっても暴力的に押さえ付けられることがない、温かい安心感だった。

   子どもたちの、安全地帯。それは場所じゃなく、人なのだろう。

  (NPO法人木と風の香り代表・苫小牧)

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