知床半島沖で乗客乗員26人が乗った観光船「KAZU 1(カズワン)」が沈没した事故は、23日で発生から1年を迎える。犠牲となった千葉県松戸市の橳島優さん=当時(34)=の両親が15日までに報道各社の取材に応じ、「涙が出ない日は一日もない。死ぬまで悲しい気持ちのままだ」と悲痛な胸の内を明かした。
事故前日の朝、優さんは誕生日に家族から贈られた紺色のウインドブレーカーを羽織り、笑顔で家を出た。母親(59)はいつも通り見送ったが、2日後に目にしたのは変わり果てた姿だった。肌は赤黒く変色し、苦しげな表情。ウインドブレーカーは搬送時に切り裂かれ、ぼろぼろになっていた。
事故当日は父親(65)の誕生日で、優さんはプレゼントにカメラ付きドローンを購入していた。「定年後はあちこちで撮影し、動画編集で頭を使う。お父さんにぴったりだから奮発したよ」。母親にそう明かし、渡すのを楽しみにしていた。
旅行から帰った後は静岡県に移り住む予定で、新生活の手はずを整えていた。「あと40~50年は生きられたはず。いろいろな夢があっただろうに」。父親は息子の無念を思い、涙ぐんだ。
優さんは旅行の1週間ほど前、「予約したのに返事が来ない」と運航会社への不安を口にしたことがあった。それでも「世界遺産だし、大丈夫だろう」と打ち消すように話していたという。しかし、事故後は運航会社の安全管理のずさんさが次々と明らかになった。
国土交通省の監督責任や海上保安庁の初動体制の問題点も指摘され、さまざまな規定が見直されたが、父親は「何十年もほったらかしにしていたということ。犠牲者が出ないと改善されない」と憤る。
事故から間もなく1年となるが、運航会社の桂田精一社長(59)から謝罪はない。「あまりにも安全を軽視していた。法律でしっかり裁いて、罪を償ってもらいたい」と訴える。
「暗い所に置くのはかわいそう」との思いから、優さんの遺骨はまだ自宅にある。花を供え、朝晩に水やお茶を取り換えるのが日課だ。「私たちのように苦しんで悲しむ人が1人でも減るよう、安全を考えて見直してほしい」。父親は静かに語った。