能登正智の多彩な制作のうち、後年特に力を入れていたのが版画集の制作です。画に加えて文字も自刻自刷で、製本も自身で手掛けた丁寧な作りが魅力です。
王子製紙を定年退職後、道央佐藤病院で絵画による作業療法の活動に携わっていた能登は、かねて念願であった版画集作りに取り組むことを考え始めたといいます。その頃、王子洋画研究会発足時代からの仲間であった金沢祺一の誘いで、苫小牧郷土文化研究会の出版物に木版でカットを描く機会を得ました。このカットを基に、『山線軌道』を出版するのですが、以後能登は版画集作りに一層のめり込み、次々に刊行することとなりました。
本展の第三展示室では、4冊の版画集の全ページを額縁に入れて展示しています。川上澄生からの影響が見て取れる、異郷の情緒を感じさせるような表現ですが、作品の舞台はいずれも能登が暮らした苫小牧近郊の自然と歴史。ここで暮らし、学び、体験したことを基に、自身の想像力をエッセンスにしながら、物語が紡がれています。
苫小牧の古き良き建物が描かれた『苫小牧昔絵本』では、当時の町の様子を知る方々から「懐かしい」というお声をいただきました。『勇武津領昔図絵』では、墨刷に手彩色が施され、美しく、またかわいらしくもある作品です。この展覧会が、能登正智のことをよくご存じの方にも、初めて出会う方にも味わい深く感じていただければ幸いです。
(苫小牧市美術博物館主任学芸員 立石絵梨子)