「もしもし? あなたAさんのご家族? Aさんね、うちに借金してるんですよ。立て替えてもらえませんかねぇ」
ギャンブル依存症の父親を持った娘。長男を出産したばかりの20代前半の彼女に、父親が作った借金の取り立てが来た。両親はすでに離婚している。彼女はすぐさま0歳の息子を連れ、父親のいる静岡県に向かった。
父親の借金が判明したのは彼女が小学生の時だった。母親は親戚中に頭を下げ、お金を工面した。そして、やっとの思いで完済し、胸をなでおろした。しかし、程なくしてまた父親の借金が判明する。その額800万円。ギャンブル依存症。ある日、自宅に親族が十数人集まり、父親を中心に話し合いの場が持たれた。
しかし、話し合いとは名ばかりで、集まった面々はひたすら父親を怒鳴りつけ、なじっていた。泣きながら土下座して謝る父親に対し「うそつき」「裏切り者」「ダメ人間」「野垂れ死んでしまえ」などと、夜通し罵声を浴びせ続けた。幼い彼女にとってあの場面は恐怖でしかなく、今でも脳裏に焼き付いている。
「お父さん本当に一人ぼっちになっちゃうよ…」。静岡で父に掛けたこの言葉が、父と娘の最期の会話となってしまった。
彼女は思う。
あの時、自分にもっと知識があれば、父を病院に受診させ、寄り添うことができたのに。父との幸せな時間には、死を連想する狂気を感じる時があった。何気ない日常とそこから逸脱した世界は表裏一体なのだ。そして、私たちにとって必要なのは決して正論なんかじゃなく、寄り添ってくれる仲間なんだ、と。
(NPO法人木と風の香り代表・苫小牧)