普通って何だろう? 人それぞれ普通の捉え方は違い、普通と普通じゃないの境界線は、とても曖昧な感じがします。
世の中には、普通じゃないことに苦しむ方がたくさんいます。それは普通じゃないことが、善悪で言うと悪になっているから。私の子どもが「世の中の普通」になじめなくて苦しんでいた頃、間近で見ていた私は、母として申し訳ない気持ちになっていました。普通に生んであげられなくてごめんね…と。「世の中の普通」と違うと、生きづらさを感じ、苦しみます。今は自分なりの心地よさで過ごし、楽しんでいるようです。
世の中は物事を何かと善悪に分けているなと思います。自分も無意識にそうしていました。善に偏ると安心し、悪と思った時に悩みや不安を抱えていました。でも今は、「世の中の普通じゃない」が自分の中で普通であってもいい、人と違うことに引け目を感じる必要はなく、むしろ希望を持てる、同じではないから可能性を秘めているのだ、と思うようになりました。
いろんな方とつながって活動させていただいています。それぞれの持っている違いから何が生まれるのだろうと思うと、わくわくが止まりません。たくさんのことを子どもと経験した今だから抱く思いは、「違い万歳!」。これからもたくさんの違いと楽しいことをしていきたいです。
(NPO法人ウテカンパ理事・白老)