夏の夜、空を見上げた。夜空を照らす月は、まるでスポットライトのようだった。「私の見ているこの月は、いったいどんな世界を見てきたのだろう」。その時私は、何気ない毎日がなんだか幸せで、いつも通りの日常が当たり前の平和だと思っていた。
小さな頃から戦争の歴史に興味があった。展示会があると欠かすことなく足を運び、戦争に関わる本や映画も人並み以上に触れてきた。先日、母の仕事の関係で介護施設に行き、戦争を体験した人から話を聞く機会があった。聞く前はワクワクした気持ちと、どんなことを聞こうかという好奇心で胸がいっぱいだった。でも、今年で97歳になる野呂栄子さんの話を聞くにつれて、想像を絶するような肉声が私の心を締め付けた。
当時、王子病院に勤めていた栄子さんは4、5回空襲を体験したらしい。中でも、一番酷かった夜の思い出を私に話してくれた。
夜の19時半、空襲警報と共に雷のような爆撃音が町中に響いた。「空襲だ!」。そんなことを言う暇もなく何機もの飛行機が飛んできて町を襲った。やっとの思いで防空壕に逃げこんだ栄子さんはなんとか助かったが、足の悪かった整骨院の先生、逃げ遅れた人はみんな死んだ。そう栄子さんは語った。赤く染まった空、焼け崩れた家、辺り一面に漂う焦げた臭い。そして数えきれない程の死体。栄子さんはその現実を受け止めることができず泣くことしかできなかったらしい。「今の時代の人に伝えたいことはありますか」と質問した。「戦争は嫌だ。二度としたくない」。静かな部屋に栄子さんの乾いた声が響く。私は黙りこんでしまった。すると栄子さんは弱々しく、でも力強い声でこう言った。「お前が平和を創っていくんだよ」。その言葉がぐさりと私の心に刺さる。「はい」。思ったよりしどろもどろな声が出た。栄子さんの話は知らなかったことばかりで心苦しいものだった。きれいな月が光り輝くこの苫小牧の空に何機もの飛行機が飛んでいたなんて想像できなかった。この経験は胸に刻んでおこう。そう心に強く思った。
そんな時に一つのニュースが飛び込んできた。ロシアがウクライナへの侵攻を始めた。ふと私の頭をよぎる。「今のウクライナではあんなにも悲惨なことが行われているのだろうか」「お前が平和を創っていくんだよ」。その言葉が私の背筋をすっと伸ばす。同じ過ちが繰り返されないように、あの出来事を忘れないように、栄子さんとの約束をいつか実現するために、今私にできること。
私には戦争を止めることはできないかもしれない。それでも平和を受け継ぐことはできる。憎しみに包まれた発砲音が町中に響き渡る日々は平和だといえるのだろうか。逃げ回る少女の頬が涙で濡れる日々は平和だといえるのだろうか。振りかざされた銃を一本のギターに変えたなら、幸せに包まれたきれいな音色が町中に響き渡るだろう。日々を壊した爆弾を一つの花束に変えたなら、希望に満ちた太陽のような笑顔が子供たちに咲き誇るだろう。そんな幸せにそっと抱き寄せられる日々は平和だと思う。国民が求めているのは勝利ではなく平和。願い続けよう。それが私にできること。
脆く危うく、だからこそ守るべきこの世界を私はより良くしていきたい。澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んで平和の歌を私は歌い続けよう。吹き抜ける風を体中で感じて今の世界を見つめ続けよう。そして光り輝く世界を見ていこう。
あの日見た、月のように。