ちょっと変わった歴史資料を紹介します。
昔(50年くらい前まで)は、今と比べて公衆衛生がそれほど整備されていませんでした。また、牛馬やニワトリなどの家畜を飼育する家が多く、日常生活においてハエはとても身近な存在でした。
ハエ取り器「ハイトリック」は、生きたままハエを捕獲できるぜんまい仕掛けの装置です。もともとは、1912(大正元)年に兵庫県の堀江松治郎が発明し、特許を取得した道具でしたが、名古屋の尾張時計店(現在の尾張精機株式会社)が製造権を買い取って改良を加えました。当時、名古屋は東京と並んで時計の一大産地だったことから、時計の製造技術がハイトリックにも応用されています。
ハイトリックの仕組みは、まず四角柱の形をした板に砂糖やしょうゆ、みりんなどを塗ります。ハエはその匂いに誘われて板に止まります。ハエが夢中で餌をなめている間に、四角の板はぜんまいの力でゆっくりと回り、ハエは板の下にある暗い部屋に閉じ込められます。暗さに驚いたハエが光の差し込むガラス板に向かって飛んでいくと、そこは金網でつくられたおりの中…この部屋に入るとハエは二度と外には出られません。金網で囲まれた部屋は取り出し可能で、捕まえたハエは水に浸す・火であぶるなどして処理しました。
ハイトリックは、日本人がハエとの戦いの歴史の中で生み出した知恵の結晶です。
(苫小牧市美術博物館学芸員 佐藤麻莉)