天然の筋トレ

  • 恐竜のまちから 香山リカ, 特集
  • 2022年12月24日

  ついに冬がやって来た。

   私が働く穂別は「寒いけど雪は少ない」と聞いていたが、どうもそれは「豪雪地帯に比べれば」という意味だったらしい。週末にちょっと穂別を離れて戻ってくると、家の前の階段や玄関ポーチが雪に埋もれていて驚いた。意を決して雪に足を突っ込み、なんとか玄関までたどり着いたが、夜も遅かったので、とてもそれから除雪する元気はないまま寝た。

   翌朝、「とにかくあの雪をよけなければ出勤もできない」と納屋からスコップなどを取り出して外に出る。本格的な除雪を一人でするのは初めてなので、何をどうしてよいかも分からないまま、とにかく道路までの通り道を急ごしらえした。

   「ふう。これでとりあえずはなんとかなるかな」と家に入り、私はまたビックリ。「ハアハア」と息切れがして腕や腰もなんだか痛い。時間にすれば10分ほどの除雪なのに、体が悲鳴を上げていたのだ。ちょっと横になりたいくらいだったがそういうわけにもいかず、バッグを手に取って診療所に向かった。

   穂別では毎日、ほとんどの時間を診療所内で過ごしているので、どうしても運動不足になりがちだ。「なんとかしなきゃ」と秋にエアロバイクを購入し、一日20分ほどこいでいる。それだけで自分では「けっこうな運動量だ」と満足していたのだが、10分の除雪はその比ではなかった。また、室内の自転車こぎ程度で「体力もけっこうアップしただろう」と思っていたのも、うぬぼれにすぎなかったのだ。「自然と闘うにはすごいエネルギーが必要なんだ」と改めて思い知らされた。

   その日、体の痛みや疲れに耐えながら診療をしている私の前に、90代の男性がやって来た。「調子はいかがですか」「まあまあだね。もう3回、雪かきしたよ。この冬もなんとかやれそうだ」。私は思わずその人の方に向き直り、姿勢を正してこう口にした。「すごい、立派です。私も頑張ります」。男性は「そ、そうかね」と目を丸くしながらも、うれしそうにほほ笑んだ。

   これからエアロバイクにまたがる時間をスコップを持ち上げる時間に代えて、「これは天然のエアロビクスや筋トレだ。無料のスポーツジムで運動できるなんてラッキー」と自分に言い聞かせ、雪と格闘していきたい。

   穂別の冬は始まったばかりだ。

  (むかわ町国民健康保険穂別診療所副所長)

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