週末、東京での会合に参加した。昼休みに参加者の1人が言った。「ここの会場、庭園が有名らしいから、ちょっと見に行きましょう」
参加者たちが連れ立って外に出ると、広い庭園には池やこんもりした小山までがあり、なかなかの見応えだ。「東京はまだ緑が青々してるな」と大勢の見物客に混じって見ている時に、どこからか「シューッ」という音が聞こえ、白い蒸気が立ち込めてきた。散歩を呼び掛けた参加者が言った。「ここの名物の”人工雲海”ですよ。一定の間隔で人工の霧を発生させてるんです。小山から見下ろすとなかなかの迫力ですよ」
ほかの参加者は「幻想的ですね」などと感心していたが、私は思わず笑ってしまった。山に囲まれた穂別では、季節に関係なく毎朝のように霧が発生するからだ。山にたなびく霧を見上げることもあれば、その霧が降りてきて宿舎の辺りまですっぽり包んでしまうこともある。残念ながら高所から霧を見下ろす機会はないが、ちょっと大げさに言うと「毎日が雲海」という感じだ。
もちろん、霧は単にきれいなだけではなく、視界が不良になる、外にあるものがぬれてしまうなどマイナス面もある。地面に付いた水滴が凍れば、農作物への被害にもつながる。
ただ、穂別にいれば自然に周りにあるものを、東京ではわざわざ装置を使って発生させ、それを一目見ようと大勢の人が押し掛けているのだ。「お金や時間を使ってまで霧が見たいなら、どうぞ穂別までいらしてください」とその場で宣伝したくなった。
穂別だけではなくて、北海道全体にとって憂うつな「寒さ」にしてもそうだ。東京の遊園地ではときどき「氷点下を体験してみませんか」というアトラクションが開催され、家族連れや若者が入場料を払って「マイナス10度なんて初めて!」と楽しんでいる。この人たちにも北海道ツアーのパンフレットを渡したい、といつも思う。
私たちにとって当たり前だったり、むしろ「イヤだな、不便だな」と思っていたりすることを、手間やお金を使ってまで「一度、見たい。味わってみたい」と望んでいる人たちが都会にはたくさんいる。そう考えるだけで、霧、極寒、道がガタガタ、スマホの電波が悪い、お店が少ないなど「ちょっと憂うつ」になりそうなことも、なんだか楽しいことのように思えてくるから不思議だ。今年は「厳冬のクリスマス」の写真を東京の友人たちに送って、大いにうらやましがらせてあげたい。
(むかわ町国民健康保険穂別診療所副所長)