いまだにちょっと海外旅行に出かけにくいご時世のようなので、旅の後日談をしよう。
若き日の私が放送作家としてテレビの取材でモロッコ王国へ旅したおりのこと。国王直属の鉱山公社総裁から思いがけないものをいただく。ドキュメンタリー番組を通してモロッコの宣伝をしてくれたお礼なのだという。
失礼ながら安っぽい菓子箱のような器を総裁の秘書から手渡される。開けてみれば、鉱物資源の宝庫といわれるモロッコの珍しい鉱石がぎっしりと詰まっているではないか。
光り輝く貴金属の類は一見して識別できる。鈍い光を放つ鉱石の数々は、パソコンや携帯電話に不可欠なレアメタル(希土類)なのだとか。
私の父親はこの手のものを珍重し、かねて収集している。よって厚真町に帰省した時、モロッコの王様から贈られた品々を箱ごとそっくり献上する。父親の喜ぶまいことか。
父親は、見た目は粗末な箱入りなれど、金銀財宝、珍なる鉱石の数々を床の間に飾って、来客によく自慢していたらしい。
両親が亡くなった後、私はふとモロッコ土産のことを思い出していた。その手の珍品を収集する知り合いに話したところ――。
「ぜひともこの目で見たいし、できれば買い取りたいですね」
これはしめしめ。実家の近くで暮らす姉や妹と山分けすればそれぞれ10万円は手にできるかもしれない。そんな皮算用をしていた。
久しぶりに帰省して、お墓参りで姉に会ったおり、当然その話を持ち出してみる。すると――。
長らく住む人のいない実家を管理していた姉は、土地と建物をリースする際、大量の遺品を整理する必要に迫られた。その姉いわく。
「ああ、床の間にあった、みすぼらしい箱のこと? 壊れかけた紙箱の中にふぞろいの石ころがゴロゴロ転がっていたわよ。どうしたかって? 処分済みよ」
「あのおお、お姉さん、処分とはいったい?」
「他のがらくたと一緒に捨てちゃったわよ」
ヒエエエ、なんてこった、私のお宝が!
が、いわれてみれば、確かにたかが石ころなのだろう。とうの昔、父親の手に渡っていたもの、すでに所有権が移っている。
ここは未練など残さず、きれいさっぱり諦めるのがよろしいようで。アハハハハと力なく笑うしかないのだった。
★メモ 厚真町生まれ。苫小牧工業高等専門学校、慶應義塾大学卒。小説、随筆などで活躍中。「樹海旅団」など著書多数。「ナンミン・ロード」は映画化、「トウキョウ・バグ」は大藪春彦賞の最終候補。浅野温子主演の舞台「悪戦」では原作を書き、苫高専時代の同期生で脚本家・演出家の水谷龍二とコラボした。