「自動車業界はいろんな課題を抱えている。ものづくりも今のままとはいかない。でもトヨタは新しいものに挑戦していくだろう」―。産業用機械などを製作する苫小牧市晴海町の松本鉄工所、松本紘昌会長(76)はそう予言する。トヨタ自動車北海道の取引会社による協力会「勇豊会」の初代会長であり現顧問。1992年10月の操業開始から30年間にわたり、地域の経済活性化や雇用創出、さらに地場企業の技術力向上と、期待に応えてきたトヨタ北への信頼は揺るがない。
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北海道機械工業会副会長、苫小牧商工会議所副会頭などを歴任した松本さんは、90年のトヨタ進出発表をきのうのことのように覚えている。「天下のトヨタ進出は黒船が来るぐらいの驚き。まちの様子も一変すると思った」からだ。戦々恐々のマイナス的思考ではなく、「自動車産業は非常に裾野が広い」という期待感。「われわれも勉強しないと」と同工業会で研究会を立ち上げた。
ところが同時期にトヨタが車両工場を進出した九州と比べ、当初は新規参入がなかなか進まなかったという。苫小牧や室蘭を中心とする胆振地域はそれまで、紙パや鉄鋼、エネルギーなどが主要産業。松本鉄工所も主要取引先は製紙会社で、「ものづくりの知識や技術に自負はあっても、自動車は考え方がまったく違った。(参入に)抵抗感がある企業もあったと思う」と指摘する。
高品質のものづくりは同じだが、生産ペースや数量などはやはり業種によって全く異なる。紙パなど「重厚長大型」向け機械は、「一つ良いものを造れば、それがずっと使われる」。自動車部品は大量に同じものを造り続ける生産管理で、さらにトヨタならではの「カイゼン」や徹底的に無駄を省くトヨタ生産方式(TPS)。設備の修繕なども「常に改善、改善、また改善のエンドレス。勉強すればするほどショックを受けた」と話す。
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2004年に取引会社138社で「勇豊会」を発足。安全や品質、効率などを向上しようと勉強会を重ねた。トヨタ北も「カイゼン」の知識やノウハウを惜しみなく地元企業に伝え、時には従業員を派遣して教育。「トヨタは地元の仲間に入って一緒に仕事をする、という姿勢。これは大きかった」と振り返り「厳しい指導だが、お互いの身になる。気が付いたら、私たちも力が付いた」と感謝する。
その中で印象深いのは「世界一のユニット工場を目指す」というトヨタ北の目標。「『世界一』なんて目標は初めて。みんなで考え方を受け止めて、相互に研さんできた」と話す。勇豊会は高みを目指し続け、現在164社まで拡大。トヨタ北の部品、設備、資材の調達は、20年度実績で道内分が全体の約29%、464億円に達する。
08年のリーマンショック、11年の東日本大震災、そして近年のコロナ禍など、トヨタ北もグローバル企業として打撃をたびたび被るが「厳しい時も一緒。手をつないで乗り切ってきた」。今後の創業50年、100年に向けて「1社1社で生き残るのは難しくても、協力し合い、他ではないものを出し合えば、きっと飛躍できる」。トヨタ北の精神が、地域に広がる。