ウィーン世紀末の巨匠たち(中) 独自の境地示す筆触

  • 特集, 苫小牧市美術博物館
  • 2022年8月19日
エゴン・シーレ「カール・グリュンヴァルトの肖像」

  ウィーンを代表する巨匠としてクリムトと並び称されるエゴン・シーレであるが、その画業の初期には、黄金を用いた装飾的なクリムトの作品を意識し、自らを「銀のクリムト」と称していたという。

   本作でモデルを務めたカール・グリュンヴァルトは、第1次大戦期の1915年にシーレが徴兵されてプラハに入営した際の上官である。過酷な前線からの免役を取り計らった恩人でもあり、彼の作品を購入することで、その創作活動を支えるパトロンでもあった。

   微笑をたたえながら落ち着いた様子で椅子に腰掛け、静かに手を組み合わせるグリュンヴァルトの姿からは、彼の信頼のおける人柄がうかがい知れる。作中にはモデルと椅子以外に何も描かれておらず、虚飾をそぎ落とし、モデルの内面に迫ろうとしたシーレの真摯(しんし)な姿勢が垣間見られる。正対した構図ではなく、斜め上の俯瞰(ふかん)の視点に基づく構図は、異なる視点からのデッサンを試みた試行錯誤の上に到達したものであるという。そうした視点や輪郭線が強調された描写については、浮世絵からの影響も指摘されており、クリムトと同様、シーレも日本美術の影響を受けていたことが分かる。

   衣服の質感を表す筆の流れや、背景に広がる空間における渦巻くような筆触は、画家の感情が投影されるかのようなシーレ特有の表現であり、クリムトの次の世代を担う画家として、独自の境地に達していたことを示している。

  (苫小牧市美術博物館学芸員 細矢久人)

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