「当たり前」が驚き

  • 恐竜のまちから 香山リカ, 特集
  • 2022年6月25日

  「これすごいじゃない、おもしろいね!」

   東京の友人の間に笑いが広がる。週末に帰京したときの食事会で、いま勤務しているむかわ町で撮った写真を見せたときのことだ。写っているのは、同町の交通安全の旗。「交通安全」の4文字の下には、むかわ竜ことカムイサウルス・ジャポニクスの全身化石がプリントされているのだ。友人たちは、「交通安全と恐竜のホネって、まったくマッチしてないところが最高」「町の人たちはこれ見て何も言わないの?」と勝手に盛り上がっていた。

   私も穂別診療所に見学に来て、最初にこの旗を目にしたときは驚いた。ところが、そのとき周りにいた人たちに「恐竜が交通安全を呼び掛けてるんですね」と興奮気味に言っても、「まあ、そうですね」とやけに冷静だった。この町では至るところにむかわ竜化石のポスターや旗があり、町民はすっかりこのデザインになれてしまっているということが分かったのは、この春、当地で本格的に働き出してからであった。

   むかわ竜だけではない。住んでいる人にとっては「これが当たり前」と感じていても、他の地域の人から見ると珍しくてうらやましいと思うことはたくさんある。特に北海道は日本のほかの地域とは違う風景、気候、動物や文化がいっぱいで、本州や海外の人が「すごい」と連発するのも当然だ。

   穂別に長く住んでいる人にそんな話をしたら、さらに驚くことを教えてくれた。「この辺ではちょっと前まで、石蹴り遊びの石がアンモナイトだったんだよ。あれ、形や重みが石蹴りにちょうどいいんだよね」

   むかわ竜が発掘される以前から、海生爬虫(はちゅう)類やアンモナイトなどの化石が産出されることで知られていた穂別だが、まさか子どもたちが化石を蹴って遊んでいたとは。全国の博物館でうやうやしく展示されているアンモナイトしか見たことがなかった私にとっては、すぐには信じがたい話だった。ただ、その光景を想像していると、「これぞ古代の生きものと現代の子どもたちの共生だ」とほのぼのした気持ちになってきた。

   きっとこれを読んでいる人たちの住む地域にも、「この辺では当たり前。でも、他の地域から見ると驚き」というモノ、人、食べものや生活の仕方などがたくさんあるはずだ。もう一度、外部の人になったつもりで、自分の日常を見直し、「なるほど。ウチの町もなかなかやるな」と思い直してみてはどうだろう。そうすると、何気ない日常がちょっと輝いて見え始めるのではないか。穂別でそんな「キラキラの毎日」を送れている私は、とても幸せだ。

  (むかわ町国民健康保険穂別診療所副所長)

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