(中庭展示・中) 「揺らぎ」が発する「正義」への問い

  • 特集, 苫小牧市美術博物館
  • 2022年6月23日
川上りえ「Yet We Keep Seeking for a Balance」(2010年)

  前回紹介した川上りえの新作と同様の題名を持ち、類似した構造を持つ本作は、札幌市資料館において2010年に発表された。同館が元来、当時の高等裁判所に当たる控訴院であったこともあり、川上は「正義」をテーマとして設定することで、その場所に基づいた展示を試みた。本作が「てんびん」を連想させる形状を持つこととなったゆえんが果たしてそこにある。

   川上によると、ある人間にとっての「正義」が、必ずしも他者にとってのそれと一致しないのと同じく、物事の正否の判断についても、元来、白と黒というように単純な二項対立によって定められるものではないという。造形表現を通して、こうした世界の成り立ちや、生命のありように関する思索を作品に投影する川上は、万物の均衡を保とうとする行為を「動き、問い掛け続けること」の類推として捉え、そこから展開し「生きること」と同義なものとして位置付ける。

   さらに川上は、戦争や疫病、自然災害など、一見すると人間にとって不都合な現象さえも、巨視的な視点に則して、均衡を保つための「揺らぎ」として解釈し、その不均衡を解消するための力学がそこに潜在していることを示唆している。

   本作の制作から12年の時が経過したが、とりわけ、現代社会において「均衡」は、その保持が難しくなっているように映る。当館の中庭展示における再制作を通じて川上は、「正義」とは何かという核心的な問いを静かに発し続けている。

   (苫小牧市美術博物館学芸員 細矢久人)

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