「おはよう。昨日はいい試合だったね」「まさかあそこでホームランとはね」
まるで高校の野球部の会話のようだが、これは私がいま勤務する職場の朝の一こまだ。もちろん、話題になっているのは北海道日本ハムファイターズのこと。
長く東京の立教大学で教授を務めていた私は、この4月からむかわ町国民健康保険穂別診療所の常勤医となった。同僚らには「早まるな」「立教を辞めるなんてとんでもない」と止められたが、私にはなんの迷いもなかった。理由を優先順位が高い順から書くと、「地域医療がやりたかった」「カムイサウルス(・ジャポニクス=通称むかわ竜)の化石が見つかった穂別で働きたかった」「ファイターズの本拠地にいたかった」となる。
だから、冒頭の朝の会話にも「ついに夢がかなった」と大満足だ。東京にいるときは、ファイターズの話題を口にしたいときには、まず自分が野球好きであること、そして日ハムファンであることを説明しなければならない。さらに「なぜ?」などと質問されることもあり、ストレスはマックス状態に。その必要もなく、いきなり「加藤投手の完封に感動」などと話しだせる幸せをしみじみ感じる日々である。
東京に戻ったときもこうやって野球の話ばかりするものだから、友人に言われた。「もしかしてビッグボスが就任したから北海道の病院に就職したわけ?」。「そう」と答えられたらそれなりにすごいが、残念ながら穂別診療所の公募に手を挙げたのは、それよりもっと前だ。ただ、採用の話が進んでいた昨年10月22日、スポーツ紙が「新監督には新庄氏が有力」と1面で報じ、それからは私も夢心地で北海道行きの準備を進められたのは事実だ。
さて、肝心の地域医療の話もしたいと思ったが、もうあまり紙幅がない。それについては今後少しずつ書くとして、今回はひと言だけ。「へき地」と見なされている穂別だが、そこにはある意味で理想的な人間の生活がある。自然に包まれ、地域の共同体の支え合いも残る中、医療や福祉の担い手たちと顔の見える付き合いをしながら、80代、90代になっても自分らしくひとり暮らしをしている人たちがたくさんいる。ちょっと頑張ればネットを駆使して新しい情報を集めたり、最新の商品を取り寄せたりもできる。そこで裏方として働けるのは本当にうれしい。そんな穂別の話、医療の話、そして恐竜の話は次回以降にゆっくりと。
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精神科医として診察に当たる傍ら、執筆や講演でも活躍してきた香山リカさん=本名中塚尚子=が1日付で、むかわ町国民健康保険穂別診療所に赴任しました。「恐竜のまち」で暮らす香山さんからの便りを、毎月第4土曜日に掲載します。
プロフィル
かやま・りか 1960年札幌生まれ。東京医科大学を卒業して精神科医となる。2022年3月まで立教大学現代心理学部教授を務め、現在は穂別診療所副所長として地域医療に従事する。主な著書に『しがみつかない生き方』など。