いまだに海外旅行は我々(われわれ)の日常から遠いものになっているようだ。が、あえて期待をこめて海外旅行の話をしよう。
ほぼ半世紀、長年にわたって海外を、いつしか途上国を中心に周遊するようになった私には旅の必需品がいくつかある。
「そのトップにくるものとは?」
そんな話題をふると、私の旅のスタイルを知っている人たちからいろんな答えが返ってくる。
水だろう? いやいや、今どきミネラルウオーターなんて世界のどこに行こうとも簡単に手に入るし、なければ川の水や雨水を煮沸して飲めばいいだろう。
いくつかのメディアで写真入りの連載を持っているから、必需品のトップはカメラじゃないかって? 高性能のカメラだって昨今どこに行っても簡単にゲットできる。そもそもスマホを持っていれば、間違いなくカメラ機能がついているだろう。私が仕事で使う写真なんて、その程度でたいてい用が足りている。
だったら必需品は地図とコンパスだろうって? これは問題外。私は大の方向音痴にして地理音痴ときているから、そんなもの、ほとんど役にも立たないし、単にわずらわしいだけだ。
さてさて、我(わ)が旅の最重要アイテムとはいったい? なんたって食い物につきる。どんな旅先でも、当座なんとか生き延びられるだけ食料を持ち歩いている。なにゆえに?
辺境や未開の地で何度かひもじい思いを経験している。決定的だったのはフィリピンで反政府ゲリラ組織を取材中、そのアジトの跡だという無人島に出かけた時のこと。単身上陸をはたし、チャーターした小船のオヤジに日没前に迎えにきてもらう約束を取りつける。
ところが――。待てど暮らせど船が戻ってこないではないか。なんと食べるものなどどこにもない孤島に取り残されてしまったのだ。
「わずかにはえた草木でも頬張ってのサバイバルか?」
そんな絶望的な気分になる。
何はともあれ、翌日の夕方になって船乗りが戻ってきて、どうでもいい弁解を並べ立てている。私は聞く気になれず、安堵(あんど)と空腹のあまり、砂浜にへたりこんでいた。
餓死の可能性すら頭をよぎっていたので、それがトラウマになったのだろう。以来何があっても、どこに行くにも、海外では2日分の食料を持ち歩くようになった。具体的には持ち運びが簡単で、日持ちがしてカロリー十分なビーフジャーキーこそが私の旅の必需品なのであります。
★メモ 厚真町生まれ。苫小牧工業高等専門学校、慶應義塾大学卒。小説、随筆などで活躍中。「樹海旅団」など著書多数。「ナンミン・ロード」は映画化、「トウキョウ・バグ」は大藪春彦賞の最終候補。浅野温子主演の舞台「悪戦」では原作を書き、苫高専時代の同期生で脚本家・演出家の水谷龍二とコラボした。