渓流釣りといえば雪代が収まる5月以降が一般的だが、雪解け直前は水量が少なく、もしかしたら釣れるかもしれない――。淡い期待を抱いて4月上旬、道央の山岳渓流で今季初のテンカラ釣りに挑戦した。
釣友との待ち合わせ場所に着いたのは午前10時。雲は多いものの日差しがあり、思ったほど寒くない。道路の雪はほぼないが、橋の上から見下ろすと雪原が広がり照り返しがまぶしい。
川幅は広い所でも2~3メートル。夏は木が茂ってテンカラには不向きな川だが、この時季は間引かれて見晴らしがよくキャスティングにはよさそう。源流用2・7メートルのさおに2・2メートルのレベルライン3・5号、0・5メートルのフロロカーボン1号のハリスに、ピンク色が目立つ毛鉤(けばり)「蛍光さくら」をセット。足元を確認しながら、早速入渓した。
たっぷりの清流で川底までくっきり見える。水温はわずか4度。手を入れたらしびれてくる冷たさだ。「7度はないと活性化しないようだ」。釣友が渋い表情を浮かべた。20~30メートルの間隔を空けて交互に釣り上がった。早くも羽虫が舞っているのが見えたが、よどみや岩陰を狙っても、まったく反応がない。
40分ほどが過ぎたころ、巨大な岩の下に流木が引っ掛かり、流れがやや穏やかになっているポイントが現れた。「ここにいなければきょうは無理だな」と思いながら毛鉤を打ち込んだ。ゆっくり沈めると「クィッ」とかすかな魚信。忘れかけていた感覚がよみがえってきた。返しがないので焦って合わせたら確実にバレる。我慢して1~2秒流すと「スィー」とラインが引き込まれた。「フィッシュ・オン!」。ゆっくり引き上げると15センチほどの細身の魚が顔を出した。
今季初のイワナ。残雪の光を浴びてグレーの魚体がキラキラ輝く。ネットから静かに流れに戻してやると、ヒラリと元気いっぱいに泳いでいった。「ありがとう」。感謝と感動の気持ちでいっぱいになり、しばし余韻に浸った。気付くと足先はすっかり冷え切り、感覚が失われていた。
まだ続きがある。落ち着きを取り戻して同じポイントにキャストすると、何と再びヒット。だが気持ちの焦りから合わせが早過ぎて食いが浅く、白っぽい魚体が一瞬見えただけでバレてしまった。不思議なことに悔しさはなく、「これでいいんだ」と川面に向かってつぶやいた。
すでに雪解け水が流れ込んでおり、しばらく釣りは難しいだろう。厳しい冬を乗り越えたイワナたちが出迎えてくれたことに感謝して、渓流を後にした。雪代が収まったら改めて遭いに行きたい。
(筑井直樹)