時がたつのは早いもので、3月も下旬に差し掛かろうとしています。ウトナイ湖野生鳥獣保護センターの周辺の木々では、これから繁殖期を迎える小鳥たちのさえずりがよく聞こえるようになりました。そんな春の訪れを感じながら、当センターの事務室で年度を締めくくる作業の一つ、傷病鳥獣のカルテの集計を行っていたところ、記憶に残る一症例に目が留まりました。それは、当センター初の保護記録となったカラスバト(ハト目ハト科)のカルテでした。
カラスバトは本州中部以南の島等を生息地とするハトで、全長は約40センチ。国内に生息するハトでは最大の大きさです。また名前にカラスと付くように全身は黒色ですが、首元には光沢感のある深緑色や紫色の羽をまとっており、体格の良さと色合いの美しさに気品さえ感じます。
その姿で堂々と止まり木に立つ様から、物おじしない大らかな性格の鳥に見えてしまいますが、実はかなりの神経質で、少しでも人の気配を感じると、目の前に餌があっても一切食べることはありません。隔離した静かな環境下でなければ、自ら餌をついばむことすらできないほどの繊細さ。たいていハトの仲間は周囲の環境に順応しやすいものですが、恥ずかしながらカラスバトがここまでデリケートな種だとは、今回の保護に関してアドバイスをくださった、その生態に詳しい研究者や保護経験豊富な動物園関係者の方々のお言葉がなければ、知り得ることはありませんでした。
救護の現場に携わり15年。今でも時折、初めて保護する種に出合うことがありますが、その際は近縁種の保護記録や経験に基づき、救護方法を導き出します。今回もキジバトやアオバトなど、同じハトの仲間の情報を参考にしていましたが、管理する環境のつくり方、餌の種類やその設置方法など、いずれにおいてもこれまでのものとはまったく該当しなかったのです。
幸いにして、頂いた助言のおかげで順調に回復を遂げ、無事にリリースとなったカラスバト。過去のデータにも、どの資料にも載っていなかった貴重な情報を惜しみなく提供くださった方々に深く感謝しつつ、初めて出合う種でもそうでない種でも、経験にとらわれず真摯(しんし)に向き合う姿勢の大切さを、改めて学ばせてもらった症例でした。
(ウトナイ湖野生鳥獣保護センター・山田智子獣医師)