小説家としての輝かしい実績を持ちながら、「もの書き屋」としてむかわ町に根付いて取材活動を展開する。鵡川農業協同組合(JAむかわ)の広報誌を担当する傍ら、日本農業新聞の通信員として鵡川地区の農業分野で活躍する地域住民の姿を追い掛けてきた。「ペンは剣より強し」の精神で読者に心温まる情報を届ける。「書くことによって、地域と人が輝くという気持ちでやっている。書くことでみんなを応援したい」と率直な思いを語る。
1947(昭和22)年12月に上川管内美瑛町にある農家の家庭で12人きょうだいの11番目として生まれた。「11番目だから、きょうだいの子どもよりも年下で。今では珍しいが、そんなことがたくさんあった時代」としみじみ振り返る。
地元の高校を卒業後、茨城県の学校で2年間学び、20歳で旧鵡川町(現むかわ町)にやってきた。農協職員として勤務する傍ら、得意の「書く」ことを生かして仕事の外で活躍の場を広げてきた。
80年代は自ら脚本を書くなどして演劇を楽しみ、地域の歴史や文化を掘り起こしてきた。「八王子千人隊の物語」など作品は数々あるが、中でも印象深かったのは、旧鵡川町の開基90周年を記念した85年の町民劇場「ふるさとは緑なり」。古里の90年を振り返るとともに陰から歴史を支えた人たちにスポットを当てた3部にわたる超大作で、自身も含め子どもから大人まで総勢300人が関わり、会場の町民体育館には1000人を超える来場者を集めた。市街地には大きな看板が立ち、まちが活気に満ちあふれていた。
90年代には、一時記録的な不漁に陥ったシシャモが取れる環境づくりを応援しようと、「むかわ柳葉魚(ししゃも)を語る会」を立ち上げ、自ら代表を務めた。シシャモにまつわる儀式やストーリー性を演出しながら、旬の味覚を味わう町おこしイベントとして99年まで続けた。ここでも通信を定期的に発行し、多くの人の手に届けてきた。
書く力は、やがて小説家として注目を浴びる。92年に「旅の終りは」で第1回とまみん文学賞を受賞、2年後にも「鏡」で第3回の同賞に選ばれた。2019年には盲目の女性が度重なる困難に立ち向かい、懸命に生きる姿を描いた「キリギリス」が全国同人雑誌最優秀賞「まほろば賞」に輝いた。
小説家としての功績が際立つが、仕事の大きい小さいは関係ない。「やらせてもらえることがうれしいし、ありがたいこと。皆さんが支えてくれるからいろんなことができる」。その根底にあるのは「わたしを受け入れてくれたむかわ町に恩返しをしたい」という思い。中井さんの場合、それは書くことに他ならない。「死ぬまで書こうと思っている」。きょうもペンを走らせる。(石川鉄也)
中井 弘(なかい・ひろし) 1947(昭和22)年12月、上川管内美瑛町生まれ。茨城県の鯉淵学園(現鯉淵学園農業栄養専門学校)を卒業後、当時の鵡川町農業協同組合で管理、金融、広報部署を担当した。退職後は町や鵡川農協の広報として活躍。現在は合同会社タウンインフォーム代表として農協広報のほか日本農業新聞の通信員も務め、取材、記事執筆に当たっている。むかわ町交通安全協会会長。むかわ町文京在住。