「つらい荒波を渡ってきたが、それも自分の肥やしになった」と半生を振り返るのは、40年以上犬の訓練士として活躍した苫小牧市見山町の立花栄治さん(65)。
穂別町(現むかわ町)に生まれ、1歳で苫小牧市に引っ越した。両親は体が弱く、当時は貧しい生活だったという。1972年に苫小牧東高校に入学したが、「親に負担を掛けたくない」と中退し、糸井(当時)の民間企業苫小牧警察犬訓練所に就職。立花少年が直面したのは、ままならない毎日だった。「何針も縫うけがをしたことや、心が折れて犬小屋で泣きながら犬と一晩過ごしたこともある」と当時を回顧する。
それでも続けた努力は実を結んだ。当時の松本義一所長からの「この世界に入った以上、日本一の訓練士を目指せ」という檄(げき)に応えるように、76年の日本訓練ジーガー競技会服従訓練科目で準優勝。88年には同競技会で総合3位と自己ベストを記録した。
実績を残した93年、元中野町で独立を決意。立花さんの後を追うように後輩たちも次々退職し、松本所長との仲も険悪に。その後は大会で顔を合わせても口をきいてもらえなかった。
独立後は災害救助犬の育成に注力した。95年の阪神大震災で災害救助犬の存在に注目が集まり、立花さんの名も知れ渡った。全道の防災訓練や出前授業に呼ばれ、災害救助犬の実技を披露。テレビにも出演し、「世に貢献できた」と自負する。
96年に災害救助犬協会北海道を設立するも、上層部の金銭トラブルで頓挫。残された団体の後始末と犬20頭の世話をするはめになった立花さんを、妻のり子さん(59)は「何とかなるさ」と励ました。「周囲の人に支えられてここまでやってこられた」と語る。
転機が訪れたのは2003年10月。松本所長ががんで倒れた。面会に出向くと、「おまえが北海道で一番まともな訓練士だ」と声を掛けられた。独立以来、犬猿の仲だった2人が和解した瞬間だった。「松本さんは第二の父親。無知だった自分に社会を教えてくれた」と、目を潤ませながら語った。
05年、災害救助犬を出動させた功績などで北海道警察協力功労者等表彰を受賞。「これまでの努力が認められ、うれしかった」と語る。同年から空知管内浦臼町の財団法人農業企業化研究所でも勤務した。
しかし、犬のイベントで母キヨさんの告別式に出られなかったことから、訓練士の仕事を卒業。「家族との時間を大切にしたい」と15年10月から、苫小牧市役所の庁舎管理員として働いている。犬と歩んだ40年を「どんな状況でも、自分の役目を精いっぱい果たしてきた」と振り返り、今もベストを尽くし続けている。
(伊藤鈴夏)
立花 栄治(たちばな・えいじ) 1956(昭和31)年10月、穂別町(現むかわ町)生まれ。犬の訓練競技会での実績を買われ、テレビドラマ「北の国から」シリーズの「’92巣立ち」「’95秘密」に登場した柴犬アキナの調教担当も務めた。趣味はそば打ちや釣りと多彩。苫小牧市見山町在住。