東京五輪医療スタッフ体験記~元自転車競技選手木賊弘明さん(4)選手支える専門家たち

毎朝の研修で医療スタッフに指導するリック(右)

  医療スタッフが毎朝受講する研修の講師を務めたのは、米国人のリチャード・バール氏。恰幅(かっぷく)のよい気さくな性格の「リック」は、国際オリンピック委員会(IOC)から命を受けたBMXの会場責任者で、2016年のリオ・デジャネイロ五輪など世界規模の各種大会にも携わってきたエキスパートだ。

   通訳と共に医務室を訪れると、まずは座学が始まる。リオ五輪時の活動の写真などを映写機からスクリーンに映し出しながら、安全な救護方法について分かりやすく説明してくれた。BMXは他の五輪競技と比べてけがのリスクが高いと言われているそうで、複数人で全長約400メートルのコースを最高時速60キロほどで駆ける「レーシング」は最たるもの。コース近くで見守るスタッフ陣にも身の危険が及ぶ可能性も十分あり、「あなたたちの身も守らなければならないよ」とリックはいつも口にしていた。

   その後は、競技会場での実地訓練があった。2度参加したテスト大会でも似た研修があったが、今回はより質の高い動きを求められた。

   リックから出された事故例題を医療スタッフだけで取り組み、完了後に彼から指摘や修正が入るといった訓練を何度も繰り返した。救護の際は事故発生から1分半以内にけが人をコース外へ運び出す決まりがある他、本番のレースは全世界に向けてテレビ中継される。人命が関わる一大事でも最低限の人数で「スマートに格好良く」(リック)振る舞うことを重要視された。

   研修を重ねるごとにわれわれ医療スタッフは自信を付けることができた。どんな状況での事故が起きても、混乱することなく安全かつ的確に行動し、選手の救護に当たることができたのは間違いなくリックのおかげだ。

   選手にスポットライトが当たりがちの五輪だが、リックのような各分野の専門家たちの支えがあるからこそ、世界的なスポーツの祭典が滞りなく運営されていることを知った。

   「最高のチームだったよ」。リックがBMXの全日程終了時、私たちに掛けてくれた言葉だ。どこか誇らしい気持ちになった。

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