いつか私は、アイヌとして胸を張って生きていけるのだろうか―。20代の女性は、国が白老町に開設した民族共生象徴空間(ウポポイ)がテレビや新聞で話題に上るたび、誰かにそう問い掛けたくなるという。
先住民族の尊厳を尊重し、差別の無い多様で豊かな文化を持つ社会の実現―を目指すアイヌ政策の象徴としたウポポイ。「はた目には、古式舞踊などアイヌ文化を紹介する観光的な施設としか映らない。世の中から差別や偏見を無くしていくって、本当にできるんでしょうか」といぶかる。
名前も、住んでいるまちも明かさない条件で取材に応じてくれた女性は、アイヌの血を引いていることを友人などにも隠していると言った。「自分が気にしているだけかもしれないけれど、周りに知られたことで何かが変わってしまうのが怖い」と打ち明ける。「私のように、ウポポイができて、アイヌが世間の注目を集めるようになったことを逆に嫌がっている人もいるんじゃないかな」
先祖が代々つないだ豊かな精神文化を見直し、学びながら帰属意識を強める人もいれば、この女性のように出自に誇りを持てない人もいる。
ウポポイは、存立の危機に陥ったアイヌの文化を復興し、異なる民族が違いを認め合う共生社会を実現するために整備された。アイヌを先住民族として法的に位置付け、差別の禁止を示したアイヌ施策推進法(2019年5月施行)に準拠した施設だ。その誕生で先住民族アイヌの認知度は国民の間で高まり、伝統文化に関心を持つ人も増えた。
しかし、アイヌの血を引く人々からは「ウポポイが理念とする民族共生の姿を頭に描くことができない」との声も聞かれる。圧倒的多数者(和人=大和民族)が少数者(アイヌ民族)を抑圧する構図の中で、自分や家族、同胞が受けた差別の記憶、傷つけられた心の痛みがしこりとなって、いつまでも消えないからだ。共生という言葉を素直に受け止められず、しらじらしさを感じる人もいる。
取材に応じた女性も「アイヌに限らず、障害者や性的マイノリティーなどさまざまな少数者への差別や偏見、いじめも続く社会を変えるというのは、とても困難だと思う」と話した。差別は人々の心の奥底に潜む問題だけに、その解決の難しさを指摘し「国、ウポポイが民族共生をうたうならば、それをどう実現していくのか。道筋をはっきり示してほしい」と求めた。
道が2017年、アイヌの血を引く道民約1万3000人を対象に行った生活実態調査では、「自分が差別を受けた」「他の人が受けた」と答えた割合が36・3%に上った。どのようなときに差別を受けたか―との問いには「結婚のことで」が4割超と最多を占め、差別問題が社会に根深く残る実情を浮き彫りにした。
記者の質問に終始硬い表情で答えていた女性は、最後にこう言った。「アイヌの血を受け継いでいる事実は変わらない。だから、私はアイヌです―と周りに伝え、何も不安なく胸を張って生きられるならば、そのような社会になってほしい」
ウポポイの取り組みの先に広がる世界を見てみたいとも思っている。
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7月で開業1年を迎えたウポポイに、アイヌの血を引く人たちは、どのようなまなざしを向けているのだろう。人々を訪ね歩いた。