国立アイヌ民族博物館・収蔵資料展「イコロ」のカンピ(紙)コーナーの一部では、アイヌ文化を外側から記録した資料を紹介している。第3期では、開拓使が1882年に刊行した「蝦夷風俗彙纂(いさん)」を展示している。
「蝦夷風俗彙纂」は、日本初のアイヌ文化大辞典である。箱館戦争に参加した文学者であり、開拓使に奉職した肥塚貴正という人が和人による従来のさまざまな書籍からアイヌ民族に関する部分を抜粋し、人物、言語、衣食住など項目別に分類して編さんしたものである。松前藩の記録をはじめ、本多利明、最上徳内、近藤重蔵、松浦武四郎の記述のほか、80点余の出典を引用した全20冊の木版・和装本である。
歴史家の高倉新一郎は、この本を「それまでの日本人のアイヌに関する知識の大集成」とし、「後世のアイヌ研究に与えた功績は多大なもの」と評価した。一方、高倉は「異民族を支配し同化吸収して行く、そのためにはその生活を十分に把えておかねばならない」として、この本の植民地主義的な性格をも認識していたようである。
今回は、歌川芳虎の「義経蝦夷渡之図」と題した浮世絵と並べて展示している。「蝦夷風俗彙纂」には国学者や探検家による「義経蝦夷渡伝説」に関する記述が含まれている。源義経が東北地方から蝦夷地に逃げ延びて住民に耕作や文字を教え、神としてあがめられるようになったとする伝説である。蝦夷地に関する情報が増えるようになったシャクシャインの戦い(1669年)の後に成立したとされている。日本の中央の知識人たちの想像に始まり、やがて民衆の間にも広がっていった。アイヌ民族を「未開から文明へ」と導く「義経蝦夷渡伝説」は、幕藩制国家の華夷(かい)秩上に基づいた世界観にとって都合の良い架空の物語であった。
(国立アイヌ民族博物館アソシエイトフェロー マーク・ウィンチェスター)
※白老町の国立アイヌ民族博物館・収蔵資料展「イコロ―資料にみる素材と技」(5月23日まで)をテーマにした本企画は、第2・第4土曜日に掲載します。