苫小牧市役所を定年退職するのをきっかけに2007年、市内日の出町から青雲町に転居し、自宅を構えた。中心街からは離れたが、自然豊かで空気の良い街並みに「ここに住んで良かった」と笑顔を見せる。
旧鵡川町(現むかわ町)で生まれ、小学校は千歳北栄小。3年時に入団した野球少年団では「ピッチャーでエース」としてチームに貢献した。苫小牧東高校入学後には市内の少年野球チームを優勝に導くなど「高校生監督」としても手腕を発揮し、周囲を驚かせた。
昔から体を動かすことが好きだった。苫小牧市役所に奉職後も部内の野球チームに所属し、朝野球に汗を流した。市民税課時代に、苫小牧税務署の職員から「勝田さん、アイスホッケーできる?」と声を掛けられたのをきっかけに、合同チームを結成。職員同士がつながる場づくりに注力したが「ホッケーチームの活動は1回きり」。幻のチームとなったが「今となっては良い思い出」と笑う。
仕事では、市長秘書や苫小牧駒沢大学(現北洋大)の誘致、苫小牧港の企画立案などに奔走。高齢者福祉行政では、道内32市で最年少の34歳という若さで係長に抜擢されるなど、目覚ましい活躍を見せた。
02年に市文化交流センター(アイビープラザ)館長に就任後、「文化不毛の地」と呼ばれていた苫小牧を一新するため「子供体験教室」を開催。書道や茶道、ちぎり絵などの教室を通じ、日本文化の魅力を次世代へ伝える事業にも力を入れた。
青雲町に移住後、知的障害者施設長として福祉現場の仕事にも出合った。業務をこなす一方、現役時代に精通していた予算編成と財務管理、監査業務などの経験を生かし、行政書士の資格も取得。同町に勝田正昭事務所を開設した。
12年からは町内会長を務め、地域活性化のため地元高校生らとの交流やふれあいサロンの開設などに尽力。町内に住む人たちの高齢化を肌で感じ、家庭ごみの戸別収集の取り組みも実現させた。
地震による津波や樽前山噴火などの災害から住民の安全を守る必要性も実感。防災知識の向上と福祉の充実のため、民生委員としての努力も惜しまない。
健康のために通うパークゴルフは毎年の楽しみであり、息抜きの場。ゴルフをたしなんでいた経験から「腕には自信がある」と話し、「妻も上手で夫婦で優勝したこともあるよ」と笑顔を見せた。
仕事でも町内会活動でも地域をよく知る勝田さんだが、「昔に比べて人間味ある付き合いが薄れている」と感じる。隣近所あいさつを交わすことも少なくなった。会長を引き受けて10年。「温かく優しい町内会づくりを頑張るよ」。いつも前向きだ。
(小笠原皓大)
勝田 正昭(かつた・まさあき) 1945(昭和20)年11月、鵡川町(現むかわ町)生まれ。市民目線の行政書士としても活躍する「身近で頼れる町の法律家」。趣味はパークゴルフ。苫小牧市青雲町在住。