アイヌ民族の衣服などに施す文様の技法には大まかに分けて3種類ある。(1)刺しゅうのみのもの、(2)テープ状に切った布を縫い付け、その上に刺しゅうを施したもの、(3)幅広の布を文様の通り切りながら縫い付け、その上に刺しゅうを施したものがある。この他に(1)~(3)の技法の二つを併せて作った文様もある。
刺しゅうの技法で多く使われるのはオホ(チェーンステッチ)とイカラリ(コーチングステッチ)である。アイヌ文様は、イカラリの周りをオホで囲み文様を作るなど、一つの技法だけではなく一枚の着物に複数の技法を使い構成されている。
国立アイヌ民族博物館のイコロ展「アットゥシ」のコーナーで、注目していただきたいのは、縫い方などをパネルで紹介しているアットゥシ=写真(2)=である。
このアットゥシの文様を構成する刺しゅうは、作り手の一部の方たちが、数年にわたり議論してきた技法の一つである。その技法とは、一見するとなみ縫いのように見えるが、樹皮の糸をよらずに使用し、和裁でいう返し縫いのように一目縫い進めて布の表に針を出し、半目後退したところに布の表から裏に針を刺し、その時に布の裏にある糸を割きながら縫い進めるものである。
この資料を肉眼で熟覧すると、オホを布の裏面から刺したようにも見えるが、デジタルマイクロスコープを使った拡大画像などで見たところ、この資料に限っては、オホではないことが確認できた。この技法で縫った布の裏を見ると、布目に沿うように縫い目が直線になっており、裏から縫ったようにも見える。X線CT装置による断層画像を撮ることができたので、今後実際に見本を作り、どのように縫われているか実験したい。
作り手の方々が細部にまでこだわり、縫製や刺しゅうの技法に疑問を持ちながら着物を作っているからこそ、この企画は生まれた。この技法を用いた着物は数少なく、文様の表と裏を見ることができる展示はあまりないため、この機会にぜひ実物を見に来ていただきたい。
(国立アイヌ民族博物館・北嶋イサイカ学芸員)
※白老町の国立アイヌ民族博物館・収蔵資料展「イコロ―資料にみる素材と技」(5月23日まで)をテーマにした本企画は、毎月第2・第4土曜日に掲載します。