「少年団活動は競技力向上だけでなく地域振興にも役に立つ」と話すのは、苫小牧北斗サッカースポーツ少年団でコーチや監督を務め、現在は団長の佐々木聖剛さん(74)。今年2月には長年の功績が認められ、日本スポーツ少年団顕彰を受賞した。
日高管内平取町に生まれ、荷負中学校時代は野球に打ち込んだ。苫小牧工業高定時制卒業後、苫小牧港開発に入社。22歳の時、同社のサッカー部に入部し、競技との関わりが始まった。「雨でも練習や試合をする男らしいスポーツだと思って始めた」と入部の動機を語る。
DFを務めていた佐々木さんは、公式戦のフリーキックの守備時にシュートを手で止めたことがあった。「味方GKに手を使ってでも止めろと言われて本当に手を出してしまった。今では笑い話として、仲間内でよく話題に上がる」と相好を崩した。
1987(昭和62)年に長男の隆博さん(42)が北斗サッカースポーツ少年団に入団したことがきっかけで、翌88年からコーチとして指導に携わった。90(平成2)年には監督に就任し、約15年間にわたって指揮を執った。
「あの試合は忘れられない」と話す一戦がある。
2000年9月の第12回全道サッカー少年団新人大会苫小牧地区代表決定戦。北斗と豊川、浦河の3チームによるリーグ戦が行われた。北斗は1試合目の豊川戦に1―4で敗れたが、浦河に5―0で見事に大勝。勝ち点3で3チームが並んだが、得失点差で北斗が首位に立ち、代表権を獲得した。
優勝が決まった瞬間、「表情には出さないように冷静を装っていた」が、三つどもえの大接戦を制しただけに内心は喜びでいっぱいだった。チームワークの良さが強さにつながっていたといい「サッカーの練習以外にも、コミュニケーションを密にしていたことが勝利につながった」と振り返った。
佐々木さんは千歳市の支笏湖までの自転車ツーリングや、1990年から18年間にわたって続いた浦和文蔵サッカースポーツ少年団(埼玉県)との交流事業など多様なレクリエーションを企画した。「試合となれば、やるからには勝ちたいと思うのは当然」と話すが、「試合の勝ち負けだけではない経験や礼儀の習得も少年団活動では重要」と強調する。
「ボールを懸命に追う姿は見る者を感動させる。サッカーとはずっと関わっていきたい」と話す佐々木さん。「地域に根差す少年団として子どもたちがスポーツに触れるきっかけづくりや、サッカーの底辺拡大に貢献していきたい」と意欲的に話した。(石井翔太)
佐々木 聖剛(ささき・せいごう) 1947(昭和22)年1月、日高管内平取町生まれ。苫小牧工業高卒業後、苫小牧港開発に就職。88(同63)年から北斗サッカー少年団のコーチや監督として選手指導に当たった。苫小牧地区サッカー協会では第4種委員長などを経て、現在は副会長。苫小牧市明野新町在住。