2011年の東日本大震災による大津波は、学校などの教育現場に避難の即応を迫り、直後に取られた行動で明暗が分かれた。児童や生徒が自分で判断して対応できる力や、教職員らが日ごろから醸成する危機意識が、生死を左右。苫小牧市内でも震災を教訓に、防災教育の改善が図られてきた。
市内の学校で防災教育を推進しようと12~14年、市教育研究所に防災教育研究委員会が設置された。代表を務めた石動祐介教諭(49)=苫小牧明倫中=は「学校はどんな勉強よりも、子どもの健康や命の安全を優先に考えなければいけない」との思いで活動したと振り返る。
委員の5人が所属する各学校で、防災に関する授業を試行。児童や生徒が1人でいるときに地震が発生した場合、どのように対応するか考える授業を展開したり、地域の危険な場所の調べ学習をしたり。成果を研究紀要にまとめた。
市教育委員会も11年以降、津波を想定した避難訓練を、各学校で行うよう求めた。15年には被災地の小学校校長を招き、教員向けの講演会を開くなど、防災教育の質向上を図った。従来の避難訓練は地震や火災を想定し、多くの学校で子どもたちは屋外に逃げていたが、津波の想定で校舎の最上階に「垂直避難」するようになった。
19年には学校の危機管理マニュアルの改善・充実を通知。震災の津波で児童が犠牲になった宮城県石巻市大川小学校で、適切な対応をしていれば被害を防げたとして、校長らの過失を認定した判決の確定を受けての対応。子どもたちの命を守る具体的な行動や方法が改めて注目された。
各学校では震災の教訓を生かし、実践的な防災教育の模索が続く。例えば勇払中学校は昨年9月、避難訓練を生徒に明確な実施日時を事前に伝えないブラインド型で実施。昼休み中の訓練に、生徒たちはどう動くべきか、見詰め直した。市教委の瀬能仁教育部長は「災害時に学校にいるとは限らず、自分でどう行動したらいいのか、子どもに意識してもらうことが重要」と強調する。
一方、各学校の教科カリキュラムは多岐にわたり、防災教育に充てられる時間は限られる。昨年はコロナ下で修学旅行の内容変更を余儀なくされる代わり、校内の防災教育に充てた学校もあるほど。石動教諭は「(防災について)家庭でも話し合う時間を持ってもらいたい」と希望する。
今の中学生以下の多くは、東日本大震災を直接知らない。全小中学校で導入されるタブレット端末を活用し、震災の津波などを動画で見せることも、災害を理解する方策の一つと石動教諭は説く。児童や生徒、その家族、そして教員らが震災を教訓に、危機意識を高める防災教育の変化や深化が常に求められている。(高野玲央奈)