衣服や織物などに色合いを施すために、生地となる布や糸の染色が行われる。国立アイヌ民族博物館の収蔵資料展「イコロ」では、シキナ(ガマ)のコーナーで花ござなどに染色された植物繊維が織り込まれているのを見ることができる。鮮やかな黒や赤の色は、資料によってその色みや濃淡が異なる。アイヌ民族は、赤色染料としてハンノキやイチイを、黒色染料にはカシワやクルミなどを主として用いてきた。
本展は資料の素材と技に着目し、伝統的な染色技法の再現に取り組んでいる。染色技法に関する記録には、黒色染料で染めた繊維は沼地などに浸していたとある。本展では、記録に基づき、オヒョウニレやシナノキといった植物繊維をカシワやクルミの染料で染めた後、白老地域の湿地の泥水に浸して黒色に染め上げる伝統的染色技法を再現した資料を作成して展示している。この黒色の染色法を再現した資料の繊維片を蛍光X線分析装置で調査すると、繊維表面から鉄元素が多く検出された。染色では、繊維に染料を定着させるために媒染剤を用いるが、その一つに鉄を用いた媒染方法がある。再現した資料を浸した泥水には鉄分が多く含まれており、繊維に鉄分が吸着することで媒染の効果を発揮していると推測される。
記録に残るアイヌ民族の染色技法は、科学的根拠に基づく側面があることを今回の取り組みにより確認できた。今後もアイヌ民族資料に対して多角的な視点から調査研究を進め、伝統的技法の解明の一助としたい。
(国立アイヌ民族博物館アソシエイトフェロー 古田嶋智子)
※白老町の国立アイヌ民族博物館が開催中の収蔵資料展「イコロ―資料にみる素材と技」(第2期は3月21日まで)をテーマにした本企画は、毎月第2・第4土曜日に掲載します。