国立アイヌ民族博物館収蔵資料展「イコロ」の「カンピ―紙―」のコーナーでは、絵や文字によって記録された資料を紹介している。文字による記録としての中心的な展示資料は、アイヌ民族自身によるアイヌ語の記録、知里真志保(1909~61年)の原稿である。
知里真志保は現在の登別市出身で、「アイヌ神謡集」の著者・知里幸恵(1903~22年)の弟であり、アイヌ語・アイヌ文化研究の基礎を築いた研究者の一人。言語学者の金田一京助(1882~1971年)に師事し、アイヌ語研究者として多くのアイヌ語、アイヌの口承文芸に関する論文を記している。また、アイヌ語だけではなく、生業や生活文化などに関する研究も行い、独自のアイヌ学の確立を目指した。
1943年より北海道大学北方文化研究室に勤務し、58年には北海道大学文学部の教授となるが、心臓が悪く、61年にこの世を去った。
知里は北海道各地や樺太で調査研究を行い、各地の物語を収集・記録した。北海道大学で勤務する前の40年、知里は樺太庁立豊原高等女学校の教員として渡樺した。43年までの間、樺太庁博物館の嘱託研究員も兼務しながら、樺太でのフィールド調査を行い、当時まだ刊行されたテキストが少なかった樺太アイヌの口承文芸も採録し、数多くの物語を紹介した。
本展では、「樺太廳博物舘原稿用紙」に書かれた樺太アイヌの物語の原稿を展示している。アイヌ語原文ではなく日本語で書かれているが、民具名のルビにアイヌ語がふられている部分も見られる。
物語の原稿のほか、アイヌ語文法書「アイヌ語入門」の原稿や方言調査の調査表を、その著書と共に展示している。原稿と著書を比べることで見えてくるアイヌ語表記の工夫などに、ぜひ注目してご覧いただきたい。
(国立アイヌ民族博物館・矢崎春菜学芸員)
※白老町の国立アイヌ民族博物館が開催中の収蔵資料展「イコロ―資料にみる素材と技」をテーマにした本企画は、毎月第2・第4土曜日に掲載します。