アイヌ民族がこれほど注目を集めた年はかつてあっただろうか。国が白老町ポロト湖のほとりに造り、7月12日に開業した民族共生象徴空間(ウポポイ)。アイヌ文化復興と発信のナショナルセンターの誕生は、国や関係機関の猛烈なアピールもあって話題を誘い、アイヌという日本の先住民族の存在を多くの国民に改めて認識させた。
国立アイヌ民族博物館や古式舞踊の公演施設などを配したウポポイの建設に、国が投じた費用は200億円。開業後の管理運営にも年間30億円以上掛かる。それほどの巨額を要しても国が造り上げたのは、先住民族の復権という世界的潮流が背景にある。明治以降の同化政策で消滅危機に陥ったアイヌ文化を再興し、民族共生社会形成の象徴としたウポポイに、国は並々ならぬ力を入れる。
年間来場者100万人を目標に掲げたウポポイの開設は、観光需要拡大を狙う国の戦略との批判も上がった。だが、財団幹部は「全人口の1%にも満たない圧倒的少数のアイヌ民族の施策に国民の理解を促すためには、観光施設と言われようが、多くの人に来て見てもらうことが重要だ」とかわした。同化政策で失った土地や資源など「先住権」回復の議論を将来進める上でも、まずはアイヌ民族の苦難の歴史、文化に対する国民の認識と理解が欠かせない。入場者数を気に掛ける関係者にはそうした思いもある。
昨年5月施行の新法でアイヌを先住民族に位置付け、施策の扇の要としたウポポイは今のところ順風満帆とは言い難い。新型コロナウイルスの影響を受け、オープンが当初の4月24日から大幅に遅れ、感染拡大防止で入場人数や体験プログラムの制限もいまだ余儀なくされている。開業以降これまでの入場者は約19万人。コロナ禍の中で健闘の数字だが、ウイルス流行さえなければもっと伸びたのは間違いない。道内外の小中学校が教育旅行で予約を入れた見学のキャンセルも相次ぎ、今月22日までに284校(児童生徒3万8468人)が訪問を見送った。
コロナだけではない問題も顕在化した。もともとアイヌ政策に批判的な立場の人たちから、ウポポイやアイヌ民族を中傷する投稿がインターネット上でより飛び交うようになった。人権侵害的な書き込みもあり、開業が皮肉にも差別を助長しかねない言動を広げる状況も生んだ。
波乱の幕開けから間もなく半年。コロナ後を見据えた施設の魅力創出をはじめ、偏見解消や伝統の精神文化を未来につなげる活動の真価が問われている。先住民族アイヌの誇りが尊重される社会の実現―。新法の趣旨を踏まえたウポポイの本質的な取り組みを、民族の血を引く地元の人々も静かに見守っている。
(下川原毅)
※「この一年」はこれで終わります。