すずらん町内会会長 竹浪隆志さん(69) 趣味や町内会活動 充実の日々 野菜作りに精を出す

  • ひと百人物語, 特集
  • 2020年11月21日
野菜作りを楽しむ竹浪さん
野菜作りを楽しむ竹浪さん
函館地検野球部メンバーと(後列左から2人目が竹浪さん)=1972年10月
函館地検野球部メンバーと(後列左から2人目が竹浪さん)=1972年10月
福岡高検へ出張したときの竹浪さん=2002年10月ごろ
福岡高検へ出張したときの竹浪さん=2002年10月ごろ
根室半島へ趣味のツーリング=2005年8月
根室半島へ趣味のツーリング=2005年8月

  「単身赴任から帰ってくると、ほっとしましたね」。竹浪隆志さん(69)は苫小牧への思いをそう語る。

   1951(昭和26)年に渡島管内森町で生まれ、実家は野菜が主の畑作農家。小学生の頃から日曜・休日には収穫などの農作業を手伝い、中学入学後は毎朝、町内の商店に野菜などを配達してから登校する日々が高校卒業まで続いた。農作業での足腰強化のおかげか、小さな頃から足が速く、小学校の運動会ではリレーのアンカー。高校時代も陸上短距離選手として活躍したほか、生徒会役員を務め、新聞部での記事作成も手掛けたという。

   71年に高校を卒業後、函館地検に就職し事件担当・会計課に配属された。5年後に異動になった札幌地検室蘭支部時代には、苫小牧に自宅を構えるきっかけにもなった妻と出会った。その後も道内の各検察庁で勤務し、2009年には函館地検で捜査部門事務官の首席捜査官を拝命。2年後に札幌地検に異動し、12年に定年を迎えたが、同地検苫小牧支部に再任用となり、事件捜査や警察の指導など後進の育成にも尽力。16年に任用期間満了で退職した。

   現役時代は、殺人事件現場への立ち入りや司法解剖、犯罪被害者への対応などさまざまな仕事に当たる一方、赴任した先々の検察庁野球チームでピッチャー、キャッチャー、野手もこなし試合に貢献した。休日は愛車のバイクでツーリングに出掛け、趣味のカメラで各地の風景を撮るのも楽しみの一つだったと語る。

   1982年に苫小牧区検に異動になった際は、かつて存在した遊園地TBS樽前ハイランドに家族で遊びに行くこともしばしば。現在の自宅周辺を通ったときに樽前山が見え、「自然も多く良いところだね」とマイホームの場所に決めた。周りに家はほとんどなく、道路に水をまいてリンクを造り、2人の子どもたちをスケートで遊ばせることもあった。当時の苫小牧駅は木造。王子製紙へチップを搬入する貨車の通行も頻繁で、町には活気があり、きれいだった。「雪も少なく住みやすい町」と感じた。

   退職後も多忙な日々を送る竹浪さん。昔、農作業を手伝った経験を生かし、自宅敷地内にビニールハウス3棟を設置。ダイコンやゴーヤ、ズッキーニといった野菜、チューリップやコスモスなどさまざまな花も育て、地域住民の目を楽しませている。「収穫した野菜を家族に食べてもらうのが楽しみ。多い時はご近所にお裾分けしたりもしているよ」と笑顔で語る。 

   24年に及ぶ単身赴任生活を経て、家族や孫との時間をさらに大切にするようになった。庭いじりの合間に町内の人たちと交わす何気ない「こんにちは」も、心温まる生活の一部になっている。

  (小笠原皓大)

   竹浪 隆志(たけなみ・たかし) 1951(昭和26)年9月、渡島管内森町生まれ。自然豊かで笑顔の絶えない安心して暮らせる町内会づくりにも励む。趣味は家庭菜園やカメラ、ツーリング、旅行。苫小牧市北星町在住。

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