毎年10月、むかわ町ではシシャモの豊漁を願い、鵡川アイヌ文化伝承保存会とむかわアイヌ協会による「シシャモカムイノミ」の神事を執り行います。この季節、外に立っていられないほど風が強い日は「シシャモ荒れ」とも呼ばれ、シシャモがたくさん遡上(そじょう)する開始の合図になったと言われています。
むかわには天の神様が飢饉(ききん)で苦しむアイヌの人たちのために、食料として授けてくださった大切な魚がシシャモであるという趣旨の古い言い伝えがあります。
シカンナカムイ(雷神)の妹神が下界を見下ろした時、川下のコタンから、炊事の煙が立ち上っていないことに気が付いた。アイヌの人たちの話し声を聞いてみると、食料がなくて困っているという。そこで「フッホー」と叫び、ススランペツ(柳の葉の落ちる川)のほとりにある神々のすみかへ危急を伝えると、フクロウの女神が、柳の枝を杖にして天界から舞い降りた。どの川へ食料となる生き物の魂を流そうかと相談したところ、女川で流れの優しい鵡川に流そうと決まったので、柳の葉に魂を吹き込み、沖の老神、河口の神、入り江の神に託し、アイヌの人たちにシシャモが豊漁になることを知らせた―。
柳の葉の落ちる川「ススランペツ」について、知里真志保さんは「トゥス・ラン・ペツ」(託宣をする神のいる川)というアイヌ語がなまって、「シュシュ・ラン・ペツ」に変化し、さらに「シュシュラン」「ススハム」と変化して、「ススハム」(柳の葉)から「スサム」(ししゃも)という言葉が生まれたのだろうと説明しています。
神、川、柳、シシャモ、託宣。物語に登場するさまざまな要素がススランペツという言葉を介してつながっているように感じられます。シシャモの遡上(そじょう)する鵡川をススランペツにみなし、河口にあるムレトイの丘で重い礼拝を神にささげるシシャモカムイノミの神事を催すことは、その年のシシャモ漁の行く末に関わる大切な託宣を頂戴するとても大切なことなのだと思います。
以前、むかわのカムイノミに参加させていただいた時、儀式に使うイナウは「木肉の白い柳の木のなるべく節の少ないすっと伸びたものを切っておいて、乾燥した頃合いを見計らってから一気に削りあげて作るものだよ」と教えていただきました。柳の木は川のそばに群生し、季節になると川に葉を散らします。イナウの材料である柳の木の神聖性が柳の葉にも付与されて、海に流れた柳の葉がシシャモになって帰って来るという、ある種、哲学的な考えが生まれたのではないでしょうか。むかわのシシャモ伝説は、人間の生死を左右する大自然に対して心から畏れ敬うアイヌ民族の純粋な心の在り方を次の世代に伝える神秘的な昔語りと思います。
(むかわ町教育委員会、田代雄介学芸員)
※第1、第3木曜日掲載