「本人の同意が前提だが、従業員が感染した事実は知らせる必要がある」―。苫小牧市内の大手企業の広報担当者は異口同音に強調する。7月30日から8月1日にかけて、トヨタ自動車北海道、出光興産北海道製油所など4企業・団体が従業員や関係者の新型コロナウイルス感染を公表。担当者は「地域に情報を出すことは、企業としての社会的責任」と言い切る。
このうち出光は定期補修工事シャットダウンメンテナンス(SDM)に従事していた作業員。協力会社からSDMに加わり、従事を終えた4日後、PCR検査を受け、陽性と判明した。同製油所にとって「『関係ない』とは言わないがSDM後の事例」だったものの、「本人の同意を前提に、製油所の責任で、正しく情報を出そう」と決めた。
SDMは道内外から作業員を動員するため、市民から感染拡大を懸念する声が根強かった。6月15日に工事を始めて以降、胆振管内から居住自治体非公表の感染者が出るたび、市や同製油所に「情報を隠しているのではないか」などと、根拠のない問い合わせが寄せられていた。同製油所は「市民の不安を払拭(ふっしょく)するため、出せる情報は出すことが必要だった」と振り返る。
一方、企業はそれぞれの責任で情報を出したが、居住地情報の発表については「本人の同意」を得られなかった。時を同じくして道が「胆振管内の感染者」4人を濃厚接触者として公表した。市はこの案件で当初から主体的に発信できず、企業・団体が公表してから、岩倉博文市長が記者会見で「感染者は友人グループ。拡大の可能性は低い」と説明。情報発信に明確なルールがないことを印象付けた。
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政府は1月28日に新型コロナを指定感染症(2類感染症相当)とする政令を閣議決定。通称・感染症法に基づく措置を可能にした。同法は厚生労働大臣と都道府県知事に、感染症の積極的な情報の公表と、個人情報の保護に留意することをそれぞれ義務付けるのみ。公表基準は都道府県ごとに定めている。
居住地情報を市町村単位で公表する都府県も多い中、2月中旬から道は本人同意を前提に「振興局単位」で公表してきた。札幌、旭川、函館、小樽は市が保健所を設置しているため、居住地情報も市の責任と判断で出すことができ、道内の都市部で公表基準が異なっている。
道のコロナ対策チームで患者情報を所管する道保健福祉部健康安全局地域保健課は「道内は小さな町村も多く、地域によっては『隣の誰々さん』まで分かる。感染拡大防止と、個人特定の動きをどう防ぐか考えた結果。『振興局単位』の公表基準を変える考えはない」と話す。
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道内で非公表事例が増えていることも、公表内容が定まらない要因になっている。5月以降、苫小牧市内の感染は公表されていないが、胆振管内で自治体名が非公表の感染者は出続けている。デマや個人を特定する動き、誹謗(ひぼう)中傷を心配し、非公表を希望する人が増えているようだ。
同課は「『もともと何で情報を出さないのか』と思っていた人で、『自分が陽性になって怖くなった』と非公表を選ぶ方もいた」と説明する。道もクラスター(感染者集団)発生などで急いで注意喚起が必要な場合、行動歴などの公表を検討するが居住地情報の公表自体には積極的ではない。
コロナがいつ、どこでも、誰もが掛かる可能性のある病気である以上、居住地情報が重きを成さないケースもある。一方で自治体別などで公表内容が分かれることが、市民の不安や疑心暗鬼を助長しかねない現状もある。市もコロナ感染が一段落した際は、情報を握る道に公表基準の再考を促す方針だ。感染拡大を防ぐため、注意喚起や不安払拭、個人情報の保護がバランスよく図られた情報発信の在り方が問われ続ける。
(コロナ検証班)
(終わり)