むかわ町穂別(旧穂別町)に住む知人の母親が、先日、亡くなった。95歳だった。都合で葬儀に参列できず、書棚の一冊の本を開いて、手を合わせた。
本は、2014年に出版された「穂別 高齢者の語り聞き史 大地を踏みしめて」。お母さんも書き手の一人だ。10代の後半に暮らした戦中の東京のこと、実家の家業や兄弟親戚のこと、親が決めた結婚のことなど詳しく書いた。
退職町職員ら有志が穂別・高齢者の語りを聞く会をつくり、編集した。高齢者に呼び掛けて原稿を募集、書くのが苦手な人には聞き取りをし、大正末から昭和初期に生まれ、戦争を体験しながら生きてきた世代、一人一人の来し方を丁寧に文章化した。約四半世紀前に開拓入植世代の記憶を聞き取って出版した「翁媼(おうおう)八十代(やそよ)の踰邁(ゆまい)を語る」の、続編にも当たる。
上下2分冊、合計約600ページの「大地を―」には、町内の高齢者約100人の記憶する、町史や写真には残されていない細やかな歴史が記録された。前書きには、この本が自分史を超え貴重な地域史であることや「これからの地域を支え日本を動かす若い人たちにとっての『宝箱』であるとさえ思う」との力強い宣言もある。本は穂別地区全戸に配布されたという。
訃報を聞き、宝箱を久々に開けてみた。亡くなったお母さんの生きた時代に思いをはせながら、この本の偉大さをかみしめた。(水)