「夫婦グセ」という言葉を聞いて、本書の主人公、美土里はハッとする。長年連れ添った夫を亡くしたばかり。夫恋しい、肌恋しいと泣き暮らしていた自分を「夫婦グセの重症」だと自覚する。
そんな美土里が未亡人仲間を得て、夫婦の不思議を思い、生と死についての考察を繰り広げる約1年半の物語である。
未亡人俱楽部のメンバーになるのは同じ病院で夫を亡くした時実美子。亡夫は無口な時計職人で、「家の中にぽつんと浮かんだ離れ小島のような人でした」と言って美土里を笑わせる。美子は「時知らず」という喫茶店を経営していて、40代の画家で独身の山城教子も交じるおしゃべりの場になる。
もう一人は亡夫にささげる句集を作るため、縦書き入力を覚えたいとパソコン教室にやって来た十鳥辰子。句集の資料にするのは絵巻の名品「地獄草紙」だ。亡夫は民事部門の裁判官で、悪は冥土まで追い、地獄で裁きの決着をつけねばならないと、大変な「地獄贔屓(びいき)」だったらしい。
男女の道行を詠む辰子の句もどこか妖しく、70代の美土里や60代の美子よりも80代の辰子が艶っぽいのは、絵画エッセーシリーズも持つ著者の、地獄絵好きに由来していそうだ。
美土里の亡夫は「おれの子どもを産むか」とプロポーズするようなザ昭和の男。縄文顔に帽子がよく似合った。技師仲間たちと鋼鉄建造物の設計専門の会社を興し、酒をよく飲み、ゴルフをした。
美土里が亡き祖父母や両親、夫を語る時、それらが八幡製鉄所で栄えた街の圧縮時間となって本書の視界を広くする。各情景に宿る金色の光のイメージも、小説を内部から照らして明るい。
俳句や団子虫に唱えるお経の創案(ケッサクです!)など、著者の活力あふれる創作欲に目を見張る。読者はアハハと笑ったりクスッとしたり、目尻に水をためたり、しんみりしたり。仏教の知識も得るなどしてなんとも忙しいはず。これを極上の読み心地と言う。
(温水ゆかり・ライター)
(中央公論新社・
2420円)