「小さくてすばしこい子どもだった」と自ら振り返った長嶋茂雄は、よく走る選手でもあった。新人の年に37盗塁。打率3割5厘で、本塁打があと1本多ければ、確実性、長打力、走力の三拍子そろった選手の証明である「3割、30本、30盗塁」を達成していた。
通算190盗塁を記録し、本盗を6回試みて2回も成功させている。盗塁のスペシャリスト柴田勲の登場で、打撃により集中するようになって盗塁は減ったが、ゼロの年は1回もない。生来の積極性とともに、投手の隙を突く独特の勘があり、成功率7割は中軸打者としては出色だった。
「最もスリリングで観客が喜ぶ」と言って、三塁打にもこだわり、通算74本をマークした。ランニング本塁打が4本(日本シリーズを含む)あるのも特筆される。
巨人監督に復帰した1993年、掲げたスローガンは「スピード&チャージ」だったが、チーム盗塁数はわずか39。ヤクルトに優勝を許した。