一番好きな外国は?と聞かれたら、いつもシリアと答えている。冷戦まっただ中の1980年代後半、写真で見たパルミラの遺跡をどうしてもこの目で見たくなり、ソ連のアエロフロート機の激安チケットを手に入れ、モスクワ経由で「鉄のカーテン」の向こう側の古都ダマスカスに飛んだ。当時アエロフロートの操縦士はみなソ連の空軍あがりだった。乗客をまるで考慮しない戦闘機ばりの急激な上昇降下のおかげで胃が口から飛び出しそうになった。
ローマ時代の壮麗な巨大列柱が1キロ以上も続くパルミラはバラ色の夕日に染まる。出会ったベドウィンの家族からテントに招かれ、激甘のチャイをいただいた。あとでチップをせびられたのはご愛嬌(あいきょう)だが、文明の攻防の舞台であり続けたシリアの歴史と、地中海性の風土にすっかりハマってしまい、ザックを背負いながらのバス放浪をひと月も続けた。
シリアの人たちはみな極端な親日反米で、政治の話が大好き。当時の米大統領ロナルド・レーガンの頭をピストルで撃ち抜いた地元週刊誌のこわ~い表紙を指さしながら、「原爆を落とされたのに、日本はどうしてアメリカと仲良くできるんだ」と詰問され、答えに窮することもあった。
10年に及ぶ内戦でボロボロになりながらも、中東における反米のとりでであり続けたそんなシリアに昨年12月、50年ぶりの転機が訪れた。ソ連崩壊後もロシアを後ろ盾に父子2代にわたって独裁を続けてきたアサド大統領が国をあっさりと放り投げ、夜逃げ同然でモスクワに亡命してしまったのだ。
トランプが米大統領に返り咲いた後のウクライナ戦争の早期終結をにらみ、北朝鮮兵まで前線に突っ込みながら最後の陣取りにプーチンは躍起だ。アサドの体制維持に手を貸す余裕すらなかったのか、あえてそうしたのか。いずれにせよ20日の就任式を待たずに、トランプは巨大な渦となり、世界を激しく振り回しているのは確かだ。19日にハマスとイスラエルが停戦合意せざるを得なくなった唯一の理由はトランプだ。「グリーンランドを寄こせ」「パナマ運河を返せ」「カナダは51番目の州だ」「世界に一律関税をかける」――。てんやわんや。もはや痛快な娯楽漫画である。
トランプは宇宙戦争を仕掛けてソ連を崩壊へと導いた共和党の偉大な先達レーガン大統領に、MAGA(Make America Great Again)のヒントを得ているように思う。スペースX率いる世界一の富豪イーロン・マスクを起用し、マネーとテクノロジーと規制緩和をてこに80年代はこけおどしだったSDI(戦略防衛構想)の21世紀版を公民連携で実現させ、敵の核兵器を宇宙で撃ち落として無力化させるもくろみが透けて見える。ロシアの唯一の牙は核だ。プーチンの牙を抜いて手打ちに持ち込めれば、面倒ばかりを引き起こす欧州のNATO(北大西洋条約機構)だって不要になる。
メディアはトランプのリスクばかりをあおり立てるが、彼の激しい言葉の裏にある企てと真意を読み解く必要がある。「ぶん殴るぞー!」とみんなを威嚇する”ジャイアン”の再登場は、あらゆる紛争の種を封じ込め、4年間の平和をもたらす可能性はあるまいか。「パクス・トランプ」(トランプによる平和)。戦に勝る、そんな時代の到来に期待したい。
(會澤高圧コンクリート社長)