「この戦争がなかったら、愛する国のために死ぬより、愛する人のために生きたい!」―。
現在、放送中のNHK連続テレビ小説「あんぱん」での一幕。後に「アンパンマン」の作者となるやなせたかしさんをモデルにした嵩の弟・千尋が海軍として戦地に立つ前、兄を訪れ、内に秘めた本音を熱く語ったシーンだ。時代の背景や史実に基づくと、おそらく兄弟で過ごした最後の時間になると推察する。
歴史的人物を取り上げることが多い朝の連続テレビ小説、通称「朝ドラ」において昭和の初期、特に戦時中がフォーカスされることは珍しくない。ただ、どうしてもこの言葉が忘れられないでいる。
ちょうど10年前の今ごろ、日本記者クラブが主催するツアー企画で15万人以上の犠牲者が出た沖縄戦の跡地などを巡ったことを思い出し、久しぶりに当時の記事を読み返した。元ひめゆり学徒の話では「正義の戦争」「国のために尽くす時が来た」という考え方が確かに国民の中にあったのだ。
しかし、公には言えなかった、言うことの許されなかった時代を生きた若者の声なき声があったのかもしれない。千尋の言葉は80年の時を超え、その思いを力強く代弁したようにも感じた。(石)