プロの物書きである以上、文章表現にはとても気をつけている。
仕事柄人種や民族といった出自の違う人々としょっちゅう出会っている。違う人種との間に生まれた人のことを”混血”と呼ぶのはマスコミ的に完全なタブーとなっている。
一方で、「あの人は日本とアメリカのハーフです」という表現なら誰もが聞いたことがあるし、今も使っているかもしれない。私も先月小説雑誌の連載でこんなふうに書いた。
”日本と台湾とのハーフでアケミという”
すると、出版社で文章や表現などが適切であるかどうかをチェックする校閲という部署から問題ありと指摘される。
「ハーフというのは今は差別用語の扱いになるので、言い方を変えてください」
結果的に「日本人と台湾人との間に生まれたアケミ」と書き直した。
他にも雑誌の連載仕事で校閲の人に、”未亡人”は不適切表現として指摘される。
この言葉には”夫が死んだのに未(いま)だに生きている”という意味がある。つまり、夫が亡くなったのに後を追わずに生きている女性という、いつの時代の話なのかという、かび臭い儒教的倫理にとらわれた言葉だ。よって昨今マスコミでは使うべきではない用語に指定されている。今は「故○○氏の夫人」というように置き換えねばならないそうだ。
そうとは知らずにこの私、物書き人生でかれこれ30回は”未亡人”という言葉を使ってきた。”ハーフ”という言葉なら、つい最近まで100回は使ってきたかもしれない。
紙面のスペースの関係で詳しく説明する余裕がないけれど、次のような表現もこれまでに書き換えを要求されてきた。
「川向こうの家」(部落を強く連想させるので)、「ジプシー」(今はロマと呼ぶのが世界標準)、「アル中」(アルコール依存症と言い換える)、「群盲象をなでる」(群盲が差別的とされる)、「痴呆症」(認知症と言い換える)、「低開発国」(発展途上国か開発途上国に言い換える)、「土建屋」(土木業者に言い換える)、「日雇い」(自由労働者に言い換える)、「貧農」(貧しい農民に言い換える)などなど。
この私、長い物書き人生で差別用語や要注意用語として訂正を要求された用語はかなり多い。出版社や新聞社によって用語のチェックに多少の差があるのかもしれないが。
プロの物書きとしては細心の注意を払うべきなのだろう。言葉も世につれ人につれなのだから。
★メモ 厚真町生まれ。苫小牧工業高等専門学校、慶應義塾大学卒。小説、随筆などで活躍中。「樹海旅団」など著書多数。「ナンミン・ロード」は映画化、「トウキョウ・バグ」は大藪春彦賞の最終候補。浅野温子主演の舞台「悪戦」では原作を書き、苫高専時代の同期生で脚本家・演出家の水谷龍二とコラボした。