現代を代表する私立探偵小説シリーズの最新作が前作から5年半ぶりの登場である。若竹七海「まぐさ桶(おけ)の犬」(文春文庫、1100円)だ。
私立探偵の葉村晶は腕利きだが不運の星に生まれたとしか言いようのない女性で、今はミステリー書店の店員も兼業している。ここ数年は新型コロナウイルス流行のせいで商売あがったりである。
その葉村が、学園元理事長に頼まれて人探しをすることになる。秘密厳守なので、元理事長の著作をまとめている編集者という触れ込みだ。しかし彼の親族を含め関係者はくせ者ぞろいで、葉村は相次ぐトラブルに巻き込まれ、ついには命まで狙われることになる。
複雑な人間関係が探偵の視点から解きほぐされていく過程には謎解きの醍醐味(だいごみ)が感じられる。どんどん加速しながら真相が明かされていく終盤の展開は圧巻だ。
2冊目は若手の作品から。酒本歩「ひとつ屋根の下の殺人」(原書房、2090円)は、たくらみに満ちた一冊である。
複数視点の叙述が並行する形で物語は進んでいく。主人公の一人である山咲可奈は高校2年生だ。外出していた彼女が、近所に住む女性から、自宅でおじいさんが死んでいると告げられ、驚がくする場面から話は始まる。
文章のところどころがゴシック体で記されているのが目を引く。実は、その箇所はすべて真相につながる伏線なのだ。大胆な試みであり、絶対に2度目を読みたくなる。
翻訳のお薦めは、ジジ・パンディアン「読書会は危険? 〈秘密の階段建築社〉の事件簿」(鈴木美朋訳、創元推理文庫、1430円)である。
半引退状態のイリュージョニスト、テンペスト・ラージはある日、仲間の催したいんちき降霊会に参加した。ところが会の最中に事件が起きる。出席者が囲むテーブルの上に、男の死体が出現したのである。誰も手を出せるはずがない状態で、しかも男は会場から遠く離れた場所にいたことを別の証人によって確認されていた。
この不可能犯罪にラージが挑む。魔術師一家を中心に据えたシリーズの第2弾で、作中に古典作品のうんちくがちりばめられているのも楽しい。謎解きの意外性も十分だ。
(書評家・杉江松恋)