著者は、ビキニ環礁での水爆実験の知られざる被害を追ったドキュメンタリー映画を発表し、話題を呼んだ。今回は米国を舞台に本書と同じ名前の映画を製作し、全米で上映会を開き対話を続けている。
1950年代、米国内だけでも100回を超える大気圏での核実験が行われ、風下の住民が被害を受けた。こんな証言がある。実験の後、風下には霧が立ち込め、馬はよろめいて動けない。舌に金属の味を感じ、飼っていた羊の毛はごっそり抜けた。家族は皆がんで死んでいった。だが政府は事実を隠蔽(いんぺい)し、研究者は助成金を失い職を追われた。
そんな中、声を上げた人がいた。ルイーズ・ライス。彼女はある運動を考案する。放射性降下物に汚染された牧草を食べた牛、その牛乳を飲む子どもにも、ストロンチウム90が吸着しているに違いない。全米から乳歯を送ってもらい分析を始めた。マッカーシズムが吹き荒れる時代、連邦議会は彼女らを中傷するが負けなかった。ついに、ケネディ大統領は大気圏での核実験の禁止を決断する。動きは他の核保有国にも広がった。科学者と市民の共闘が実ったのだ。
大好きな場面がある。英国での取材の際、核実験に関わった元兵士の家を訪ねた時のことだ。兵士は子どもを失っていた。取材を終えて帰ろうとした時、兵士の妻が言った。「忘れ物をしていきなさい。忘れ物をしたら、また私たちのところに戻って来られるでしょう」。優しい言葉に著者は涙をこらえる。そう、核という秘密のベールの中で、多くの人が沈黙を強いられてきた。だからこそ、勇気をもって声を上げ、動かぬ証拠を集め、国境を超えてつながることが大切なのだ。この暴力的な兵器による悲劇を繰り返させてはならない。
多くの悲劇がつづられる。理不尽が語られる。がそれだけではない。人々が連帯することで道が開けるのではないか。薫風が吹き抜けるような爽やかさと希望を届けてくれる必読のルポだ。
(永田浩三・
武蔵大名誉教授) (河出書房新社・
2200円)