一章 亀裂
いんげんのごま和(あ)えや鶏レバーの甘辛煮が入ったフードパック、カップ麺のパッケージがビニール袋に透けていた。
「お恵み袋って、何だか嫌な言い方だなあ」
呆れたように若市が言い、「酷いですねえ」とおれに笑いかける。
「心配して来てくれた子どもに、ねえ」
「心配なんざしてるもんか。てめえの生活がちっと落ち着いて、それで思い出しただけだろ」
父の言葉にかっとして口を開けたが、閉じる。図星を指された自覚はあった。手のひらに食い込んでいた袋の持ち手をぐっと握り直し「帰るわ」となるべく冷静を保って言った。
「生きてるならもうそれでいいわ。じゃあな」
言って、足音を立てて玄関に向かう。おれを追って来たのは、若市だった。
「あの、こんな言い方しても信ぴょう性ないでしょうけど、オレ、ヤバい奴じゃないんで安心してくださいね」
にっかりと笑いかけられる。八重歯がちらりと覗いた。
「新しい仕事とか部屋とか、見つかったらすぐに──」
出て行ってくれ。そう言いかけて、やめる。母がいたときと同様に掃除の行き届いた室内、きちんとした食事。父の服は綺麗だったし、肌艶も悪くなかった。それはこの男のお陰に他ならないだろう。
おれの逡巡(しゅんじゅん)が分かったのか、若市が「しばらく、ここに住まわせてください」と頭を下げた。
「尚蔵さんにご迷惑をかけるようなことは絶対しませんから」
すっきりと笑う顔は、愛嬌すら感じられた。
「あー……まあ、その、はい」
よろしくお願いしますと言うべきなのかもしれない。しかし、会ったばかりの男だと思うと、喉が強張(こわば)る。悪人が、思考と真逆の柔和な姿をしているというのはあり得ることだ。この優しそうな顔に簡単に絆(ほだ)されてはいけない。おれは曖昧に頭を下げて実家を後にした。
帰り道、無性に腹が立ってきた。オヤジ、認知症にでもなってんじゃないのか。嫁に逃げられた挙句、どこの誰とも知れない若い男を招き入れて身の回りの世話をさせてるなんて、どうかしてる。