本を愛する江戸時代の人々を活写した2022年のデビュー作「貸本屋おせん」。続編「往来絵巻」でも主人公おせんは、本にまつわる事件を追い掛け、江戸の町を奔走する。「大好きな仕事に打ち込むおせんは、今でいうキャリアウーマン。結婚して仕事を辞めた私の憧れや願望も投影している」と、作者の高瀬乃一さんは語る。
浅草に起居するおせんは本を背負い、貸本の「梅鉢屋」として客の家々を回る。「ワクワクしないと嫌で、つい話を詰め込んでしまう」という作者の言葉通り、今回の短編5作にも謎がちりばめられている。
表題作では、神田明神祭を描いた絢爛(けんらん)な絵巻に潜む謎を、おせんが解き明かす。思わぬ結末が明らかになると、ある絵師の存在が浮かび上がる。青森県三沢市在住の高瀬さんは「祭に対する江戸っ子の熱量は、地元のねぶた祭と重なるところがあったのかも」と想像を巡らせる。
腕の良い彫師だったおせんの父平治が、禁書の版木を作ったことで苛烈な処分を受けて自死する場面も。厳しい出版統制が敷かれた時代でもあった。天涯孤独の身ながらも賢く生きるおせんの姿には、「若い頃読んだ少女漫画の、ちゃきちゃきした女性主人公のイメージも重ねている」と明かす。
江戸の風情が香り立つような文章で、爽やかな余韻を残す。台所にもノートパソコンを置き、「家事の合間にも執筆する毎日」。煮詰まると藤沢周平の作品を書き写してリズムを整えるという。
「今と地続きのファンタジーで、さまざまな世界線が並行して存在できる点」が、時代小説の魅力と言う。「現代小説だとしらじらしくなってしまうような人情の機微」を描けるメリットも。おせんの今後については、「日本橋などに大きな書肆(しょし=書店)を構えるかも」。夢は大きく、息の長いシリーズになりそうだ。
「往来絵巻 貸本屋おせん」は文芸春秋刊、1870円。
たかせ・のいち 1973年、愛知県生まれ。2020年「をりをり よみ耽(ふけ)り」でオール読物新人賞。22年に同作を収めた「貸本屋おせん」でデビューし、日本歴史時代作家協会賞新人賞を受賞。
「映画や漫画にはまった時期はあっても、寝る前に本を読む習慣は変わらない」と話す高瀬乃一さん=東京都千代田区