「人と関わる仕事がしたい」と士別市内の高校を卒業後、札幌市内の短大に進学。養護教諭の資格を取得した。初任地は後志管内仁木町の小学校だった。養護教諭の仕事は、病気やけがの手当て、児童の心のケア、検診業務など多岐にわたる。教室に行けない保健室登校の児童と給食を一緒に食べたりもした。ふとしたきっかけでその児童が教室に戻れたこともあり、支援する立場であっても、悩みを聞きながらこどもたちに教わることもたくさんあった。その後、上川管内東川町で勤務し、結婚のため苫小牧市に転居。2人の子宝にも恵まれ、子育てしながら通算38年間で白老町と苫小牧市などの8校の小学校に勤務し、2016年に退職した。
高齢になっても続けられる趣味がないか―と考え、通勤時に市内音羽町の教室の麻雀をしている人形が目に留まり、入塾を決意。10年から通い始めたが、最初の2年間は仕事が忙しく、なかなか通うことができなかった。
12年、同教室の師範十段の中庸雄代表が土曜日に紅塾を開設することになり、現在も塾生として通っている。15年には指導員として講師をサポートするようになり、18年には、全国麻雀段位審査会が認定する講師資格の麻雀アドバイザーと6段位を取得し、講師になった。現在は月、水曜日の講師をしており、生徒数は計20人。同教室の中庸雄代表が作った教材を、講師が改良したプリントを活用し、指導している。月1回、同塾の生徒交流大会を開催しており、生徒が2、4、5月で優勝した。生徒が教室で楽しく練習するだけでなく、交流会で結果を残したのが初めてだったので、自分のことのようにうれしかった。
毎週日曜日にも、教室で麻雀大会を開催しており、他の講師と共に運営に携わっている。今年2月には初めての試みとして、百雀楽の矢部スエ会長主催で「レディース健康マージャン大会」を企画し、参加した44人が腕前を競い合い、盛り上がりを見せた。
最近は麻雀に専念しているが、数年前まで登山にも力を入れていた。教員時代、約2年間休職するほど持病の腰痛に悩んでいた。腰痛を克服するため、高丘や金太郎の池周辺でウオーキングを始め、徐々に体調がよくなった。休日に友人と利尻山やポン山などを登り、登山を楽しんでいた。
21年には、岐阜県で開催の第33回全国健康福祉祭ぎふ大会(ねんりんピック岐阜2021)の北海道代表選手にも選出されたが、コロナ禍で中止になり、出場できなかったのが心残りだ。いつか憧れの舞台に立てるよう、また挑戦したいと思っている。
麻雀は老若男女の垣根を越えて、人と卓を囲んでコミュニケーションを取りながら、頭と手も使うゲーム。高齢化社会になって認知症予防としても見直されており、誰もが楽しめる頭脳スポーツとして、これからも麻雀の楽しさをたくさんの人に広めていきたい。そう考えている。
(鈴木十麦太)
福田沙恵子(ふくだ・さえこ)1956年4月23日 士別市出身。北海道女子短期大学卒、78年に養護教諭として後志管内仁木町の小学校に赴任。2016年に退職するまで38年間、教員生活を送る。18年に苫小牧麻雀文化教室の講師に。全国麻雀段位審査会8段。苫小牧市明野新町在住。