町田 そのこ 作/金子 幸代 画/〘28〙

  • 暮ラ2
  • 2025年6月9日

 一章 亀裂

 無意識にため息を吐いていたらしい。

 「係長、休憩しませんか。オレ、飲み物買ってきますよ」と生田が明るい声で言った。

 「ああ、すまない。ちょっと待って」

 財布の中から二人分のお金を出し、「ホットコーヒー、無糖で」と生田に渡す。生田は「あざっす!」と元気よく言って、倉庫の外に設置された自販機に走って行った。その背中を目で追いながら、生田は退職後はどこに行くんだったか、と考えた。

 おれと同じ理由での解雇だが、二十八歳と若いうえ仕事もできるのに、会社ももったいないことをするもんだ。あいつならどこででも働けるだろうが、だからって解雇されていいわけがない。おれにもっと力があれば、あいつの解雇くらいは阻止できただろうか。

 二十数年前の帳簿が詰まった段ボールに腰掛け、宙を仰ぐ。鉄骨がむき出しの、色気のない天井を眺めて、砂の城だなと思う。いろんなことを積み上げて生きてきたはずなのに、あっさりと壊れていく。人生ってのは、こんなにも突然姿を変えるんだな。

 「砂の城ってのは同意ですけど、でもここは、ラッキーって喜ぶとこじゃないっすか」

 戻ってきた生田に話すと、生田は何味かも分からないエナジードリンクを飲みながら笑い飛ばした。

 「イナズマフーズっていう砂の城から堂々と逃げられるんすよ。それに、オレは今回のことはいい経験したなって思ってます。クレーム電話の波状攻撃なんてそうそう味わえないじゃないすか。あと、マスコミのカメラの前で顔隠して『あ、写さないで』って言うやつ。あれ、人生で一度はやってみたかったんで、興奮したな」

 自分の顔を片手で隠す真似をしてから、生田はけらけらと笑った。

 「君、よくそんな風に考えられるなあ」

 「うっす、それが取り得(え)なんで。でもそうじゃないっすか? 二年後、三年後くらいには飲み会のいいネタになりますよ。おれ、イナズマクラッシュの中心にいたんだぜ、的な」

 あっけらかんと言う生田の顔をまじまじと見る。両耳に複数のピアスホール、いや、左の唇の端にも穴らしきものが見える。業務中はアクセサリーは一切禁止だから、いままで気が付かなかった。

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