一章 亀裂
せっかくおれが様子を見に行ってやったのに『帰れ』ときたもんだ。しかも『お恵み袋』だ? ふざけんな。困ってるんじゃないかと買い込んだおれが、馬鹿みたいだ。
「若市(わかいち)くんなら、わたしも会った」
自宅に帰ってすぐ、美都に実家で見たものの話をすると、思いがけないことを言われた。
「なかなかいい感じのひとだよね」
「は? 何で美都があいつのこと知ってんだよ」
「それはもちろん、実家に行ったからに決まってるでしょう」
「何で」
「何でって……」
美都がおれを見て、見つめ合うかたちになる。「何だよ。ていうか、いい感じってなんだよ」と言うと、ついと顔を逸(そ)らした。
「それより、早く夕飯食べちゃって。帰りが遅くなるなら、連絡してよね。わたしと音兎はもう夕飯すんだよ」
「……ああ。あ、これ、オヤジの家に持って行ったけど、持って帰ったやつ」
美都にレジ袋を渡すと、美都は中身を見て「あなたがこれ食べてね」と惣菜をパックのままテーブルに並べる。おれはそれを手で薙(な)ぎ払った。発泡スチロールのトレイに入りラップでぐるぐる包装された惣菜たちはべたんべたんと情けない音を立てて床に落ちた。
「何で言わなかったんだよ。大事なことだろ」
大声で怒鳴りつけそうになるのをぐっと堪える。美都は黙って一番近いところに落ちたものを屈(かが)んで拾い上げた。
「何で知ってて、おれに言わないんだよ。言うべきことだろ。あいつが危険なやつだったら……例えば老人を狙う強盗だったらどうすんの。オヤジの命も、金も、何もかも奪われる危険性だってあるんだぞ。分かってんのか?」
「そういうひとじゃないって判断できた。あなたが、わたしのひとを見る目が信用できないってんなら、どうしようもないけどね」
美都は黙々と惣菜を拾い、再びテーブルに並べた。
「いや、それにしたってだよ。実家に、知らない人間がいるってめちゃくちゃ大問題だろ。普通、話すことだろ」