一章 亀裂
「あのさ、こういうこと言いたくないけど、おれの実家の問題だからって、適当に考えてるよな?」
喧嘩していたから、ムキになって口を噤(つぐ)んでたのか? それはあまりに子どもじみてる行動じゃないか。
「適当に考えてるんだったら、そもそも行かない」
美都が冷えた目でおれを見た。
「お義父さんの様子見て来たよ、って話すつもりでいたよ、わたしは。でもあなた、ずーっとお義母さんへの文句ばかりで耳を貸そうとしなかったじゃない」
「は? それは」
「許さない、ありえない、信じられない。そんなことばっか繰り返して、お義父さんのことなんて一回も口にしなかった」
「そんなこと」
ない、とは言えなかった。思い出したのは今日の生田との会話が初めてだった。
「そもそも、眞くんって家族に関心ないよね」
いつもは音兎に合わせて「パパ」と呼ぶ美都が、おれを名前で呼んだ。
「実の両親に対しても、仲良さそうな態度をとっておいて、実のところちっとも関心がない。お義父さんは鶏レバーが苦手だし、蕎麦(そば)アレルギーだよ。知らなかったでしょ」
美都がレジ袋から取り出したカップ麺は、天ぷら蕎麦だった。
「こんなの、食べたら大変なことになるんだよ」
「……うっかりすることだって、あるだろ。それに、おれなりにオヤジのことをちゃんと心配して、だから実家に行ったんだ」
「眞くんは、これっぽっちも心配してないよ。心配してるとしたら、自分のこれまでの生活や人生が変わることに対して。嫌なんでしょ、変化が」
「変化って、別におれは」
「変化が嫌で許せないんだよ、眞くんは。お義母さんのことにしても、責めるばかりで心配してるような言葉は一度も出なかった。いくらお友達の茂子さんのところだとしても、これまで住んでいた場所を離れて、死期が近いひとを介護するわけでしょ? どういう状況なのか、体調を崩さないか、お金は足りているのか、心配になる部分はいくらでもあると思うんだけど」
美都がおれをじっと見る。