東京に住んだことがあるクラスメートが高校生の頃にいて、都内で間近に見た人の思い出を話した。「顔がすごく印象的なの」―。ザ・ドリフターズの志村けんさんと接近遭遇したそうだ。
「8時だよ!全員集合」生中継の会場に小学生だった彼女が行った、という体験をうらやんだ。
小職は低学年児童だった1970年代初頭、裏番組のプロレス中継を見たい祖父母と「8時だよ!」チャンネル権を争ったドリフファン。加藤茶氏のギャグや仏頂面した荒井注氏の決まり文句をよくまねた。当初、いかりや長介氏に舞台で追い掛けられてじたばたし、走り回る”若い新入りメンバー”があまりぴんとこなかった。
やがて番組名物の合唱隊コーナーで「東村山音頭」の歌いっぷりが始まるとくぎ付けになる、ちまたにあふれた少年の一人となった。その後も数々の出演番組コントでは志村さん演じる「ひとみばあさん」「変なおじさん」らの奇抜な動きやせりふに爆笑した。
後年取材した王子製紙アイスホッケー部のロシア人コーチ・選手に言葉を超えて志村さんが大受けだったと知った。21世紀も冠番組を持つ70歳の死去は先月29日。加藤茶氏談話は「ドリフの宝、日本の宝を奪ったコロナが憎いです」―。われわれの平々凡々な日常のそばにいつもいて腹の底をくすぐるような「笑い」をくれた人だった。ウイルスと向き合おうと思った。あの面影を忘れない。(谷)