著者は南インド料理店「エリックサウス」の総料理長兼文筆家。食に関する25冊を紹介する本書は、飲食店経営者と作家の複眼で描かれている。
直木賞作家の千早茜の人気エッセーシリーズ「わるい食べもの」については、作家の目で書く。例えば、牛乳や生卵・半熟卵は「命の気配が強すぎる」から苦手、と説明する「繊細で想像力豊かな理由」に感嘆するのだ。
一方、映画化で話題を集めた当事者によるノンフィクション「面白南極料理人」(西村淳著)には、経営者の目。1年の調査期間中に南極ドーム基地へ持ち込んだ食材だけで料理する書き手をうらやむ。料理の独自性をアピールする必要がなく、作る人と食べる人の「純粋で理想的な関係性」が描かれているからだ。そもそも過酷な環境に身を置いている南極料理人は、料理人がしばしば遭遇する苦労話で「盛る」必要もない。自分も自宅では「プロの料理人としての葛藤や難儀さから完全に解放され」「心底邪念なくおいしいものを作ることだけを」目指している。
食文化を語る本を扱う際は、社会をも読み解く。池波正太郎のエッセー集「むかしの味」の場合、書かれた1980年代は次々に外国の食文化を採り入れグルメブームに沸いていた。そんな時代に失われるかもしれない味を、池波は身をていして守ろうとした。それは前進する日本に盤石の信頼を置いていたから、とも指摘する。頑固おやじを演じるには、許容してくれる社会が必要なのだ。
今はどうか。畑中三応子著「ファッションフード、あります。」を紹介する章では、定番アイテムばかりがはやる昨今の風潮に疑問を呈す。その気持ちは、食のトレンドを論じる仕事をする私にも分かる。モノが出尽くした感に加え、激し過ぎる変化を生きる現代の日本人には、斬新な食を受け入れる余裕がなくなっているのかもしれない。稀有(けう)な書き手が関心ある書籍を集めた「読書感想文」は、現代の課題もくっきりと浮かび上がらせている。
(阿古真理・作家)
(集英社新書・1067円)